隠居たるもの、後進に語り継ぐ物語がある。昨晩、娘のような年齢の後輩ふたりが我が庵を訪れた。ふたりともそろって1996年生まれ。ふた月前、出身大学の同窓会会合の二次会で、若者たちと飲んでいるうちにこの企画が持ち上がった。タイトルは「当時を知るおじさんと観る『1987』」。WOWOW で放映されたのを機会に、おじさんの解説付きで、そいでもって楽しく食事までしようというINKYOシネマズプレゼンツの豪華企画である。
「1987、ある闘いの真実」
日本では昨年の9月に封切られた映画、一足早く話題になったソン ガンホ主演の「タクシー運転手 約束は海を越えて」https://eiga.com/movie/88117/ とならぶ韓国の現代史を描いた傑作である。1987年、私は大学5年生だった。この映画の主要キャラクターと同じく大学生だった。あの時代だから限られてはいたが、日々韓国から伝えられる情報に興奮し憤り、そして日本から彼らに連なろうと躍起になった。仲のいい友人が私のすぐ横で機動隊に攻撃され額を割って鮮血をほとばしらせたこと、その血が私の衣服に降りかかったこと、そのときに来ていた服のこと、32年前の6月のそんなこんなを昨日のことのようにくっきりと想い出す。そういえば、昨年の10月に映画館で目にしたポスター、そこに付されたコピーには少し違和感を感じたものだ。 「国民が国と闘った韓国民主化闘争を描く衝撃の実話!」とあるが、正しくは「民衆が『国』を簒奪した抑圧者と闘った韓国民主化闘争を描く衝撃の実話!」であろう。権力をほしいままにする抑圧者に、武力を持つ圧政者に、徒手空拳の民衆が一丸となって勝利した忘れ得ぬ1987年6月の光景。恥ずかしながら肩を震わせて泣いてしまった。
「1987、ある闘いの真実」https://eiga.com/movie/89074/
「私たちが生まれるたった9年前にこんなことがあったなんて」
INKYOシネマズのいいところはお話ができること。まだベルリンの壁が屹立しソビエト連邦も崩壊していない1987年、冷戦の最前線基地とされていた全斗煥軍事独裁政権下の韓国。だからこそ独裁政権を支えたロナルド・レーガンの米国と中曽根康弘の日本。映画に登場するそれぞれの人物や新聞社、抑圧する朴 槿恵政権下だったからこそ「タクシー運転手」を含めてこれらの映画を撮った韓国映画界の心意気、そんなことをレクチャーしながらつれあいも含めて時間を過ごした。なかなか現代史を教わる機会のない後輩たちはどうやら興味深く観てくれたようだ。
私は果報者である
今回は順番を変えた。我が庵で何人かで映画を観ようかというとき、つい食事を終えてからにしていたのだが、ようやく気がついたのである。その順番だとグダグダになってしまう。酔っ払ったりあげくに寝てしまったり、ひどい時は観たものを覚えてなかったりする、主に私がであるが…。軽くやりながら映画鑑賞を先にするのがまさしく正解だった。さっきまで観ていた作品にまつわることで盛り上がり食卓を囲んで話も弾む。もちろんあれやこれやに話題は飛び、若い後輩たちの的確に疑う感性や知性などを垣間見ることもできて心強く感心して夜はふける。この子たちが庵に遊びに来てくれる。私は果報者である。
映画って本当にいいものですね。ああ、もうすぐ隠居の身。そう、語り継ぐ物語があってこそだ。