隠居たるもの、一部始終を見届ける。2022年7月5日の朝のこと、猛威をふるった暑熱はどうやらひと息ついたようで、前日から雨がちな天候になったこともあって、半袖Tシャツ半ズボンで過ごすにはいささか寒い白馬であった。朝食が準備される間、つがいの四十雀が「ツーピーツーピー」と南側の庭を縦横に飛びまわっている。うちのもみじにとまったかと思えば隣地の楓にヒュッと身を移す。「なんとも平和な朝だなあ」などとひとりごちて味噌汁をふたすすりする。つれあいはキッチンスペースにしつらえた西側の小さな窓から、散種荘に寄りそって伸びる桜の木の根元を眺めている。つがいの四十雀は、そこにいる雛に餌を運んでいるらしい。

四十雀の親が咥えた毛虫をかなぐり捨てる

つれあいが「そんなに奥にひっこんじゃったら、いっかな親でもお前を見つけられなくなるぞ」と脅かさないよう気をつけながら声をかける。桜の木の根元のくぼみに奥深く、雛が隠れるようにますます小さく身を縮めたからだ。毛虫を咥えた親が、近くにいるはずの我が子を探しているのか、不安気にキョロキョロしきりに首を回している。「早く見つけられるといいのだけれど…」できあがっている朝食を気にしつつ、私たちは顔を並べてハラハラしながら桜の木の根元を見つめる。しかし、私たちの「心配」はまったくもって見当違いだった。四十雀の親が毛虫をかなぐり捨てて「ツピツピツピッッ!」と絶叫した。まだ満足に飛べない雛が一目散に桜の木の根元から走って逃げ出す。そこにヌラッと現れたのは青大将だった。朝食どころではなくなった。

四十雀のつがいが青大将に立ち向かう

思うに、雛がくぼみの奥に引っ込みますます身を縮めたのは、全長で1m半にもおよぼうかという青大将を見つけた親から「身を隠せ」と指示を受けたからに違いない。それを「年端のいかない子どもの気まぐれな行動」などと推量するとは勘違いも甚だしい。彼らは私たちには計り知れない能力をもってより厳しい世界を生きている。大した能力もないくせに「人間なんて」なんとも傲慢で恥ずかしい。毛虫を咥えた親がキョロキョロしていたのも、緊張感をもって青大将の動きを追っていたからだろう。捕食者の接近に危機感を募らせた親は「ツピツピツピッッ!(とにかく逃げろ!)」と我が子に新たな指示を出す。それと同時に、つがいはそろって青大将に立ち向かう。一方はホバリングして威嚇し、他方は捕食者が雛に向かうのを妨げるよう囮になって進路を変えさせ、それを交代しながらひっきりなしに繰り返す。それは、手に汗を握る感動的な光景だった。

青大将が道路を渡って立ち去っていく

青大将は桜の木の根元を執念深くヌラヌラと徘徊するも、とうとう四十雀のつがいが煩わしくなったのか散種荘の敷地を抜けて、舗装された道路を渡り、向かいのお宅の林に入り込んだ。雛が駆け逃げた方向は多分うちの敷地の東側と思われるので、つがいは我が子から捕食者を遠ざけることに成功したのである。それでもしばらくつかず離れず、青大将の動向から目を離さない。しかしスリリングな「野生の呼び声」にすっかり心を奪われた私たち夫婦はというと、ここまで見届けようやくにしてホッと肩から力を抜いた。「あの四十雀の夫婦は、キングギドラに戦いを挑むモスラのようだったね。でもさ、ついあの子たちに感情移入してしまうけれども、青大将は青大将でただただヘビなりに生きているだけなんだよな」などと語り合って食卓に戻る。味噌汁はかろうじて冷たくなってはいなかった。

*写真の解説*最下段の赤丸、青大将が向かいのお宅の林に入り込もうとしている。最上段の赤丸の中、四十雀のつがいの片割れがその青大将に睨みをきかしている。中断の赤丸も同様。雛は道路を隔てたこちら側の草むらにとうに避難を完了している。

やせ蛙 負けるな一茶 これにあり

昼にざっと雨が降ったあと、散歩がてら買い物に出た。道路にもうっすら水が張っているから勘違いするんだろう。田んぼからあちこちアマガエルが這い上がってきてピョンと跳ぶ。あたりに青大将は見当たらないが、時おりといえどもここには自動車が走ってくるのだ。行手を見守り、場合によっては立ちはだかり、この子たちがペシャンコにされないよう気を配る。雨上がりの散歩は多少なりとも時間がかかる。

元首相が白昼に銃撃され殺されるどうにも物騒な世情となった。ここぞとばかりにデマを拡散し、ヌラッと「憎悪」を煽り立てようと画策する者たちもいて余計に気が滅入る。だからといってため息ばかりついてもいられまい。「ヘビに睨まれた蛙」、それこそが「青大将もどき」たちの望むものだからだ。ああ、もうすぐ隠居の身。「やせ蛙 負けるな一茶 これにあり」だ。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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