隠居たるもの、腰をおろして想い出す。2024年10月5日、アオゾラカグシキ會社に新しく注文したソファが深川の庵に搬入された。13年を超え長らく愛用してきたソファが、家にひきこもった新型コロナ禍を経て見過ごせないほどにヘタってしまい、どうしたものかグズグズと思い悩んではいたのだけれど、腰に及ぼす影響なども考慮して、私が還暦となった機をとらえ思い切って新調した、とまあこういうわけだ。占有面積および役割の両面からしてリビングの中心というべき大きな家具を入れ替えるにあたっては、長らく愛用してきたソファの搬出がまずもって必要だ。新しいソファの搬入は9月の最終週の土曜日以降になるという。だから逆算して9月も半ば、13年を超えて座り続けたソファが買取り可能かどうか、手始めに業者を査定に呼んでみたのである。

買取り業者プリフラとの直談判

5年ほど前になろうか、四半世紀にわたり書斎で愛用していたアーロンチェアが致命的に壊れた。発表されたばかりの高機能デスクチェアに憧れた若き日に、清水の舞台から飛び降りたつもりで月賦を組んで購入したものだった。修理したところですぐに他の部分が壊れることが容易に想像できる。同じもので買い換えることも考えたが、時を経てその分野のマスターピースとなったこの椅子、価格が倍増して25万を超えており、そんな勇気もくじかれた。結局、四半世紀前のアーロンチェアより少し安い、だけど機能は私には充分な、発表されて日も浅い別のデスクチェアに買い替えた。となると、もう使うことのない大きな椅子を廃棄しないといけない。インターネットで粗大ゴミ料金はいくらになるかと調べていたら、「アーロンチェア買取ります」というページに行き当たる。「(程度によるが)壊れていてもいい」という。出張査定も無料だというから試しに呼んでみると玄関口で即決、1万円で引き取ってくれた。その経験に味をしめて「少なくとも2万くらいにはなるんじゃない?」などと取らぬ狸の皮算用をしたのである。

インターネットで探したプリフラという会社に出張査定を頼むと、若いアンちゃんが約束の時間より少し早くやって来た。様々な角度から写真を撮り、スマホで送信し調査の結果を教えてくれる。「BoConcept(ボーコンセプト、デンマークのインテリアブランドなんです)のソファはたしかに売れるんですけどね、でもこれはちょっと無理そうです。時間も経ってヘタってるし日に焼けて色落ちもしてる。買い手がつきませんね。ウレタンを詰め替えて張り替えると新品なみの費用がかかっちゃうし」そりゃあそうだ、はかなくも皮算用は崩れる。他で査定してもらったって変わらないだろう。アンちゃんは「粗大ゴミとして引き取ってもらうのも難しい」ともいう。江東区の粗大ゴミセンターHPで調べてみると「180cmを超える幅のものは回収しない」とあった。件のソファを測ってみると190cmだった。アンちゃんは「安く引き取るという回収業者のHPをそのまま信用してもいけません。もっとも手間のかからないケースで安く計算しているだけですから。なにせ人手がかかるんで」とさらにアドバイスしてくれる。う〜ん、この八方塞がりをどうしたものか…。するとアンちゃんは「せっかくですからね、なにかうちが買い取れるようなもの他にないですか?」と、「袖擦り合うも多生の縁」という顔をする。

出張買取 プリフラ:https://kaitori-prince.com

言われるまま、壊れて使っていない古いデジカメ5台と、今は使うこともないペリカンの万年筆と、引き出しにしまいっぱなしだったつれあいのアクセサリー2点を引っ掻き集めてテーブルに並べてみる。デジカメはレアメタルの宝庫なので、壊れていても買い手がつくんだそうだ。アンちゃんが「これでどうです?」と提示する。しめて3万円、古いソファの回収費用2.5万円のところこの初回の取引成立ならば勉強させてもらって2万円にサービス、それでよろしければ今ここに差し引き1万円を置いていく、「さあどうだ!」とばかり渾身の見得を切る。9月26日にソファを搬出してもらうことにして、私たちは手を打った。手渡されたのはアーロンチェアの時と同じく1万円だったが、なんというか心ときめく体験だった。

ソファ入れ替えに際して想い出すことなど

ここでひとつ問題が出来する。5月にオーダーした新しいソファの搬入が「いよいよ9月28日にも」ということで搬出日を26日に設定したわけだが、そう手配した直後に「搬入日は10月5日で」と連絡が入る。定番でなく在庫もないネイビー生地でカバーを作ってもらうよう発注したがゆえ、マットの納品が予定より遅れるのだという。致し方あるまい、日常的に使っていないダイニングチェアを並べて10日ほどを凌ぐしかない。私は亡き父親が使っていた椅子に座ることにした。そこではたと気づく。そうだった、ソファもこのダイニングチェアも、母親が89歳で脳梗塞に倒れ入院し、病状からして自宅に戻ることが考えづらく、だからといって91歳の父親が一人暮らしを続けるのも不安、よってうちで同居を始めるのに際し買いそろえたものだった。

それまでのソファは3人で座るには小さく親父には固かった。年寄りが食卓に座るにはつかまるところのある椅子の方が安心だった。母親は倒れてから1年と少しで天寿を全うした。父親は日々にデイサービスに出かけては、帰宅後に新たなソファでゆったり昼寝して、ゴロゴロしながらテレビを観て、アームのついたダイニングチェアで身を支えながら食卓につき、4年半ほどを過ごした。そうこうするうち、もう少しで96歳という冬に「なんか息苦しい」と緊急に入院する。心臓が弱っていた。そして3週間が過ぎたころだったか、「俺は病院は性に合わねえし、もういいや」とばかり、あっさりと天寿を全うする。憎いほどに「らしかった」。ダイニングチェアにはまだまだエキストラチェアとして活躍する場面もあろうが、どっしりしたソファの役目はやっぱり終わっていたのかもしれない。

そしてアオゾラカグシキ會社のソファが搬入される

ウォルナットにネイビーがしまっていていい。天然木で組んだ後ろ姿も麗しい。足もとから光が抜けて軽やかだ。2人掛けだが散種荘と同じサイズ感で身体も慣れている。座面の奥行きが浅くダラっとならないのでうっかり腰に負担をかけることもない。背を少し高くしてもらってあるから首まわりも楽。高さもほどよく立ち上がりやすい。座面がヘタることは避けられないが、将来にマットだけ新調すればこと足りる。以前からあった英国アンティークのオットマンもようやく定位置を見つけたようだ。横に座ったつれあいが「そうそう、あれも引き取ってもらおうかしら」と皮算用を始めている。あの日は咄嗟のことで気がつかなかったけれど、「あ!あれも捨てるに捨てられず埃かぶってる!」モノをふと思いつく。携帯電話の番号も教えてもらったし、またあのプリフラのアンちゃんに来てもらうことにしよう。ああ、もうすぐ隠居の身。還暦も過ぎだことだし身軽でいたい。

アオゾラカグシキ會社:https://www.aozorakagu.com/index.html

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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