隠居たるもの、幼な子と火遊びに興じる夏の夜。東京は酷暑にすっぽりと包まれ一向に「小さな秋」の気配が訪れない。毎年ジリジリ右肩上がりな夏の平均気温折れ線グラフ、8月も終わったタイミングで今年の数値を入れ込んでみるとグラフの上昇がこれまでにない急角度を示した、天気予報でそう紹介されていた。この夏は観測史上特段に暑いというが、とうとう底が抜けたということか。私はこのブログの他にも日々の徒然をけっこうマメにFBでアップするのだけれど、今年に限っては白馬から戻って東京に滞在するその間はそうもできなかった。なぜなら外出することを控え、庵に籠ることが多いがゆえネタが生まれないからだ。そんな2025年8月29日、満を持して私たち夫婦に格好の「ネタ」が舞い降りる。メロン坊やのお泊まり保育を頼まれたのだった。

「夏の楽しい想い出」

姪夫婦ともに遅い時間まで仕事が入り、その日のうちに帰宅できそうもないのだという。私たち夫婦が預かれないならなんとか仕事の予定を変えられるかやってみるというが、そもそも初老の二人は一線から後退しぷらぷらすることが許された身、ただでさえ忙しい働き盛りの二人が後々に支障を先送りするのを座視するのもしのびなく、それ以上にメロン坊やと近しく接する機会が持てることが嬉しくもあり、その他の用事を8月29日周辺にすり合わせることにして東京に戻ってきたのである。ここではたと考える。これで三度目のお泊まり保育となるわけだが、仕事で遅くなる両親を一人で待っていられるようになるにはまだまだ年月を要するだろう、だとすればこれからもこうしたことは多々あるに違いなく、しかし両親に対する愛着が強い子であるから、そのたびに渋々「はあ、またか」とうつむきがちではお互いに居心地が悪い。それではせっかくの機会に思いがけない発見をする可能性さえ潰えようというものだ。ゆえに無策でのんべんだらりと迎え入れてはいけない。来月に6歳となる5歳と11ヶ月、ここはひとつ「また泊まりにいきたい!」と積極的に思うほど楽しさを刷り込んでおかなくてはならない。

幼な子というのは空腹になると凶暴になるからまずは夕食である。その日の夕食と明けてからの朝食、私たちが用意するのはこの2食のみであるので、偏食がちな年ごろだからといって栄養バランスについて過度に意識はせず、「夏の楽しい想い出」となるよう喜びそうなものを供することに徹する。チョイスしたのは幼な子が好みそうなソーセージたっぷりで辛くないカレーピラフ。「美味しいか?」と聞くと、スプーンを持っていない左手を拳にしてグッと親指を突き立てた。いっちょまえである。海藻とオクラのサラダ、豆腐の味噌汁をサイドメニューとしてつけ合わせるが、味噌汁は飲んだものの案の定サラダには手をつけないのでそれは私のつまみにとっておく。そしてこの晩のメインアトラクション、眼下の川辺に下りて花火に火をつける。

民家やマンションが途切れるあたりまで少しだけ小名木川遊歩道を歩く。火種として蝋燭に火をつけ舗装されている部分に立てる。メロン坊やが自身の身体から精一杯の距離を確保し、手持ち花火の先っちょを蝋燭の芯に近づける。火が点いてからも足をそろえ腕をまっすぐに伸ばして火花から精一杯離れる姿勢に変わりはなく、それでも楽しくてたまらないのか満面の笑み、そして「この花火を宇都宮で暮らすボクのいとこたちにもとっておいてあげたらいいんじゃない?」などとのたまう。なんとも愛らしい。君だけのためにスーパーで最も少量だった256円のパッケージを買い求めたのだからして心ゆくまで楽しんだらいい。みんなでやれるそうした機会が今後にあるなら、そのときは大叔父が大盤振る舞いして1,100円のパッケージを買い求めておくから。

「ポケモン」と「はたらく細胞」

いっしょに浴室に入り「どこまで自分でできるようになった?」と聞くと「身体はもう自分で洗える」という。ならばと任せつつも足らないところを加勢し、そのあとに洗髪はしてやって、湯船に少しつからせてからつれあいに引き渡す。私が風呂を出てからはAmazonプライムビデオにアクセスし、メロン坊やに指示されるまま「ポケモン」と「はたらく細胞」を交互に、しかも指定されたエピソードを選んで並んで鑑賞する。「ポケモン」の解説は不要であろうが、みなさん「はたらく細胞」をご存知だろうか。私たちの体内にある37兆2千億に及ぶ細胞たちを擬人化し、彼らが日々にウイルスや病原菌とどうやって戦っているかを描いた漫画が原作、そのアニメが子どもたちの間で大人気で、「本当は身体の中がこんな風になってるわけないんだけどね」と自分からツッコミつつもメロン坊やにとっても大のお気に入り、永野芽郁と佐藤健の二人を主演に実写版映画まで制作されている昨今注目のコンテンツだ。並んで見る私たち二人は花火のときに右ふくらはぎの同じような箇所をやられていたのだが、蚊に刺されてデング熱の脅威に晒されるという回もあった。面白い上に献身的な細胞たちに感動してしまってつい見入ってしまう。6歳になろうかというメロン坊やが「もうポケモンに変えて」とリクエストしているのに、61歳になった前のめりな大叔父が「いやいや、もう少しでクライマックスなのだからこのままでいこうじゃないか」とごねる場面がいくたびか垣間見られた。

*命をかけてウィルスと戦う白血球を応援し、手に汗を握る大叔父と姪孫

コレジャナイロボ

その夜、メロン坊やはいつもと同じ時間に寝つくことができなかった。いささか興奮してしまったからだ。では何に興奮したのかというと、我が庵に置いてあったコレジャナイロボにだ。2008年度グッドデザイン賞受賞作品であるコレジャナイロボの制作販売元である有限会社ザリガニワークスのHPにはこう記されている。「『欲しかったのはこれじゃなーい!!』プレゼントを開けた子供から発せられる悲痛の叫び。楽しいはずのクリスマスが突如、修羅場に。こんな経験ありますか?できれば避けたいものです。しかし人生、欲しい物が何のリスクもなしに手に入るなんて話はそうありません。欲しい物を手に入れる為には努力も必要だという事を何らかの機会に知っておくのも良いでしょう。『コレジャナイロボ』はその絶妙な偽物感、カッコ悪さにより、その事をお子さまにトラウマ級の効果をもってお伝えする事でしょう。情操教育玩具として是非お試しください。」

コレジャナイロボ:http://www.zariganiworks.co.jp/korejanairobo/

今となっては思い出せないが、私たちはこれをどこぞの美術館のショップで購入した。つまりコレジャナイロボとは子どもの玩具をモチーフにしたパロディ作品で、購入可能な現代アート的インテリアだったのである。メロン坊やは部屋の隅、さらに奥まった収納スペースに鎮座ましますこのロボットをめざとく見つけ著しく興味を示した。「コレジャナイロボって名前じゃ弱そうでかわいそうだから、スーパーロボという名前にした方がいいんじゃない?」と目を輝かせるので、「よし、あげるからスーパーロボに育て上げてみろ」とプレゼントすることにした。そんな興奮が尾を引いて寝つけなかったわけだが、「夏の楽しい想い出」作戦においてはそれも想定内、翌日は土曜日で保育園も休みなのだからして「根源的な誘惑者」である大叔父は「ちょっとやそっと夜更かしをしたところで今日ばかりは構わないさ」とそそのかす。

東京でのその他の用事

8月30日の午前9時ごろ父親が迎えに来て、コレジャナイロボ改めスーパーロボを手にしたメロン坊やは自身が暮らす家に引き上げた。31日、スーパーロボで無心に遊ぶ彼の写真とともに「お泊まりはけっこう楽しかったぞ!」と口にしながら飛び跳ねる彼の様子が伝えられた。その他にも保育園でもっとも仲良しの友だちを伴って「いっしょに泊まりにいく」とまで言ったそうだ。してやったり、「夏の楽しい想い出」作戦大成功である。そして彼が帰ったあとの30日と31日の2日間で、私たち夫婦はすでに売りに出している我が庵を内覧したいというお客さんを4組迎えた。だからメロンよ、あと何回ここに泊まりに来れるかはわからない。でも銭湯の2階だってきっと楽しいさ。そうそう、つれあいが「白馬にも遊びに来てよ」と声をかけたときのことだった。「行きたいんだよぉ、でも今は雪はないでしょ?雪があるときにきっと行くよ。またスノーボードをするんだ」、彼はそう答えた。ああ、もうすぐ隠居の身。どうやらとっくに「幼な子」は卒業していたようだ。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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