隠居たるもの、パジャマ姿で降る雪を眺むる。2026年3月10日、天気予報によると午前8時になるころに雪が降り出すはずだった。しかしNHKの朝ドラ「ばけばけ」が始まってもいっこうに降る気配がない。新宿発中央線特急あずさ5号に乗って白馬に戻ってきたのが8日、満を持してシャトルバスで栂池高原スキー場に出向いたのが翌9日、さて10日はどのスキー場に足を運ぼうか、そんな算段をしていたところに「午前中いっぱいは雪」と予報が一変、なので方針を転換、新たな雪に願いを込めつつ「自宅待機にて様子見」としたのであるが…。それがどうだ、ドラマ残り1分になって吉沢亮演じる錦織友一が痩せこけた姿で衝撃的に登場するやいなや、雪は思い出したように息せき切ってはらはらと降り始めた。もしかしたらこれが今シーズン最後となるかもしれない。ところが一時間としないうちに気づく、期待とは裏腹、どうやらこの雪は積もりそうにない。

3月8日の白馬駅はごった返していた
中央線特急あずさ5号を降りた3月8日午前11時40分の白馬駅、改札を出ると一台しかない指定席券売機にオーストラリアの方々が長蛇の列をなしていた。駅周辺もオーストラリアの方々でごった返している。最終的に東京に出るのか名古屋に出るのかは知らないが、とりあえずは松本へ向かうのだろう。コロナ禍が明けてからというものここ白馬でSNOW MACHINEというイベントが催されている(このブログでも2回ほど、それぞれ3月上旬の同じ時期に触れた)。ウィンタースポーツをからめた音楽フェスティバル、オージーによるオージーのためのオージーの「シーズン打ち上げ」といった趣向で今年は3月3日から8日まで、開催期間中は八方尾根や岩岳などのスキー場もクラブと化す。大きな荷物を転がしながら駅周辺にたむろするのは、SNOW MACHINEを一日早く切り上げて先に引き上げる方々だろう。この「お祭り」が終わるとオージーたちは一斉に白馬から去っていく。そして私たち夫婦は彼らと入れ替わりに白馬に戻って来る。

このイベントめがけてオーストラリアから押し寄せる人々も多く開催期間中は大変に盛り上がるようだ。しかしメインにかかる音楽が好みと異なるし、「冬のスキー場はクラブと化さずあくまでスキー場であってほしい派」でもあるので、せっかく近場で開催されるフェスではあるが私はこれまでに参加したことがない。それどころか「年端のいかない酔っ払いが傍若無人になるのは残念なこと古今東西の変わらぬ習わし」であることも忘れて、「どうしてチューハイの缶をこんなに投げ散らかすかね」(彼らはびっくりするくらいにレモンサワーが好きで、スキー場のレストランでも氷結とか-196などの缶チューハイをあおっている)などと、なんにつけプリプリぼやく小言オヤジに容易に変身してしまいそうだから、お楽しみのみなさんに水を差すのもなんだしこの間は東京に用事を作って白馬を離れることにしている。そしてインターネットで確認してみると、私たちが名づけたところのお隣の貸しコテージ「ヴィラ殺風景」にお客さんが泊まっているのは7日まで、よってチェックアウトも済んで誰もがとうに立ち去っているであろう8日の昼にこうして戻ってきたというわけだ。昨年12月の後半からこの日まで入れ替わり立ち替わりほぼオージーで埋まっていた「ヴィラ殺風景」であるが、これを最後にここから先の予約はもうひとつも入っていない。

祭りのあと
3月9日月曜日午前7時50分、私たち夫婦は栂池(つがいけ)高原スキー場に向かうシャトルバスをロータリーの停留所で待っていた。オージーの間で今シーズンにわかに栂池人気が高まり、あちこちから「混んでいる」との噂が聞こえてきたし、一度だけ足を運んだときに確かに混雑していたこともあって、この日になるのを満を持してうかがっていたのである。「祭りのあと」の朝だ、オージーたちは眠たい目をこすりながら八方バスターミナルや白馬駅に殺到しているに違いない。雪もすっかり解けたのどかな停留場で待つのは、中国語を話す女性二人とフランス語を話す男性二人、そして日本語で会話する私たち夫婦の合計6人だけだった。シャトルバスは途中SNOW MACHINEの会場であった松川沿いの広場にさしかかる。終わってから半日も経っていないというのに、解体はすでに急ピッチで進んでいた。

栂池高原スキー場も祭りのあと?
あまりに満を持しているとこんなことになりがちだ。オージーの数がめっきり減った栂池はたしかに空いていた。しかしマイ・フェイバリットのひとつ白樺コースのリフトが前日をもって今シーズンの運行を終了していたし、なのにチャイニーズの初心者たちには今も人気が続いているようで山裾へ行けば行くほどギックリバッタリそこそこの人、それでもってもうすっかり春なのか雪面はとにかく重い。ああ、シーズンのピークはとっくに過ぎていたのだ、つまり「祭り」はすでに終わっていたのだ。雪も少なく暖かい日が多かったとはいえ例年からして3週間ほど早い。陽が高くなってからはシャーベットのプールをかき分けているような心持ち。「君たち、こんな雪で練習しても上達しないんだけれども、それはそれでお天道さまに文句を言っても仕方ない、さあ頑張ろうじゃないか、祭りは終わっても日常は続くのさ」などとわけのわからないことを口にして3月いっぱいは滑るであろう自身をも鼓舞していたのであった。

過去一番の牛肉のフォー
一方でピークを過ぎたからこその怪我の功名と思えることもあった。栂池に出向いたときのお楽しみ、フォー ティン トーキョーの牛肉のフォーだ。こちらは満を持しただけのことはあった。お客さんが少なくしっかり目配せして調理できるからか、今まで何度も口にした中でもっともコクがあって美味しかった。ハノイを本店とするこの店のフォーを日本で食べられるのはここと東京の2店舗のみ。しかもここは季節が巡ってスキー場のレストランが閉まれば自ずと暖簾を下ろす。「今度あのフォーを食べに池袋に出かけてみるかい?」、つれあいとそんな戯言(ざれごと)を交わしながら、DJブースなんぞが新たにしつらえられてやたらと音楽がやかましいゴンドラ乗り場付近を背にして、終わりつつあるシーズンのそこはかとない寂しさをなんとか紛らわしつつ、私たちは栂池高原スキー場を後にした。


やはり八方尾根は白馬の王者である
白馬で3月10日に降った雪は落ちるそばから溶けてやはり積もらなかった。11日の朝早く、消化試合をこなすような心持ちで八方尾根スキー場に足を運ぶ。近くにあったシャトルバスの停留所が廃止されたことを受けて、八方尾根への今シーズンの行き来はジャンプ台を横目に常に徒歩。だから「足を運ぶ」という表現は正鵠を得ている。コースの雪が重ければさっさと歩いて帰ればいい。そんな私たちの予断は見事に裏切られた。八方尾根のコース管理は完璧だったのである。リーゼンスラロームもカチッとしまったバーンに仕上げられておりシーズンピークといささかも変わらない。もちろん斜面がどの方角に向いているかにもよるから単純に比較するのはフェアではない。とはいえ日頃からの地道な圧雪など手入れと管理がまったく無関係というわけでもあるまい。人もまばらなスリリングなコースを思う存分に攻めつつ、ウィンタースポーツの牙城、八方尾根スキー場の矜持に心底から感心したのである。

「やっぱり八方尾根は白馬の王者だな。スキー人口の減少やらコロナやら経営的に苦しいこともあったんだろうけどさ、イベントとのコラボとかそういうのはそういうのがお得意の岩岳あたりにもう任せておいて、八方尾根はウィンタースポーツのど真ん中で王者らしく振る舞ってほしいね」などと興奮気味な私たち夫婦は勝手なことを言い合う。翌12日に滑った47スキー場の北向き斜面も素晴らしかった。まだいける。この両スキー場に挟まれて暮らす私たちはまったくもって幸運だ。戦争を「お祭り」と勘違いしている傲慢な愚か者たちが、自分が始めた「お祭り」の終わらせ方がわからず右往左往する野蛮きわまりないご時世だ。祭りのあとにも当たり前な日常がたしかに継続していることがなんとも好ましい。歌にはこうあるのである。ああ、もうすぐ隠居の身。なごり雪も降る時を知り。