隠居たるもの、ゆっくり沈んで息をつく。東京の下町の銭湯といえば湯が熱いと相場は決まっている。期待にたがわずここの湯は熱い。だからといって熱すぎるということもない。口を真一文字に結んで堪えていればじきに慣れ、開いた口から「ふう〜」と息が漏れるころには身体は弛緩しすっかり肩まで湯に落ちる。極楽である。2026年3月17日火曜日、午後1時43分発のあずさ38号で山深い白馬を立ち、午後5時26分に新宿に着いた。そこからいつものように各駅停車の総武線に乗り換え、しかし今回はつれあいが「帰りがけに仕事場に立ち寄る用事がある」と言うから市ヶ谷で降りて乗り換えず、そのまま錦糸町までやってきて南口に出ると午後5時57分になっていた。駅に急ぐ人に逆らい墨田区から江東区へと海に向かって南下する。空気はうっすら冷え込んでいるのだけれども、仰ぎ見る空がずいぶんと明るくなっていることにあらためて気づく。まだ冬仕様で5時から点灯されていると思しきネオンがどっちつかずでなんとも居心地が悪そうだった。

繁華街の端っこを抜けて

 つれあいが銭湯の2階を借りて仕事場にしてからというものすでに一年半くらい経った。この日そこに置き配してもらうよう頼んでいた荷物が届いていて、それを屋内に取り込むべく立ち寄りたいという。実のところ仕事場の最寄りは今も暮らしている集合住宅からして同じ路線のひとつ先の駅となるのだが、その他に徒歩で15分ほどかかるとはいえ錦糸町駅も充分に利用可能。そして白馬からのJR乗車券の終着は「東京都区内」、つまりそのまま錦糸町までやってくるとすれば乗り換えずに済む上に余分に電車賃もかからない。4時間と少しの間ずっと列車の座席にちんまりと座っていたのだから身体を伸ばしながらゆっくり歩いて帰るのも悪くない。しかも京葉道路を挟んで駅の真向かいに場外馬券売り場が鎮座まします錦糸町は「飲む・打つ・買う」と三拍子そろった繁華街、眠りから覚めつつある伏魔殿の外郭をうすら寒い春先の夕暮れ時にそぞろ歩く、これぞ下町育ちの嗜み、なんとも乙だ。

栄福に寄り道して餃子とビール

 繁華街の端っこを住吉銀座商店街に向かってまっすぐ南下する道すがら、錦糸町駅から歩いて6分というあたりに栄福という中華料理屋がある。円卓を据えた個室もあって町中華というにはいささか豪華、しかし本格中華というにはあまりにも庶民的、「創業70年以上」とアバウトに謳っているのもなんとも微笑ましく愛おしい。このところの「マイフェイバリット」といって過言でない。帰ってきたばかりだし自宅の冷蔵庫は空っぽ、移動の疲れを癒したいというのもこれまた人情、通りかかっておいて寄らないという手はない。まずは餃子とそれぞれに生ビール、続いて青椒肉絲、締めに絶品のチャーハンをいただいた。美味しい、これで4,000円程度だというのだから驚く。実は東京に帰ってくるたび思うことがある。数も少なくインバウンドさんひしめく観光地価格である白馬と比較して、東京で外食する飲食店の代金は本当に安い。もちろん天井知らずに高価なアホくさい店を除いての話ではあるが(当然のことそんなこけおどしの店に足を踏み入れることもないのだが)。

栄福の食べログ:https://tabelog.com/tokyo/A1312/A131201/13002980/

まっつぐ歩いて住吉銀座商店街

 栄福を出て3分ほど、街灯にかかる「住吉銀座商店街」のプレートを目にするとホッとする。にぎにぎしく人が集まる商店街ではないが、今も残るそれぞれの店舗から静かに活気が漂い、それが土着の風情を醸し出す。両国国技館で催される大相撲の本場所で、近くの伊勢ヶ濱部屋の力士が優勝すればこの通りはパレードコースにもなる。つまり普段はひっそりと穏やかではあるけれど決してさびれてはいない。なんらか意識しているわけではないにしろ、そんな風情に触れると「テリトリーへの帰還」スイッチが押されて緊張が解けるのに違いない。

 そしてここでもうひとつ「今日はどんな塩梅?」と振り返る。煌々とし始めた錦糸町の繁華街の灯りの向こうにくっきりと東京スカイツリーが浮かび上がる。2008年7月に着工されてからもう少しで18年、工事中は少しずつ高くなっていくその姿を、完成してからは時節に応じて変わるライティングを、雲の多い日は霞んでいたり、冬の晴れた日には格別にしゃっきり見えたり、この間とにかく私たちは日々に東京スカイツリーを眺めてきた。そしてこれくらいがもっとも落ち着く「マイ距離感」なのだと腑に落ちる。

銭湯で移動の疲れを洗い流す

 何度となく繰り返されていることとはいえ、そこそこ時間がかかる移動を伴うと、ましてやその両端が、鮮やかな晴天を背景に雪をいただいた北アルプスとざわつき始めた夕暮れ時の東京は下町の繁華街、そこには否応なく旅情とでもいうべきものが発露する。しかし「帰宅」しただけであることに変わりはないからなにか特別なことをしたいというわけでもない。とはいえ、家に着くなりまずは冷え切った小さな浴室を掃除する、というのはいささかならず侘しいものだ。だから立ち寄るべき仕事場が銭湯の2階にあるというのは何よりも喜ばしい。大きな公衆浴場はささやかなレジャーだ。しかも私たち夫婦は店子割引が適用され二人で入浴料500円、もちろん用意周到に白馬から下着の着替えを持参してきたことは言うまでもない。番台に座る跡取り息子は、男湯女湯の入り口双方に首を振り、ほぼ同時に暖簾をくぐった私たちを確かめるなり、「おかえりなさい」とばかりに微笑んだ。

「六角精児の呑み鉄本線・世界旅」を見ながら飲み直す

 ひとっ風呂あびて、深川の庵たる集合住宅にあらためて帰り着き、録画してあった「六角精児の呑み鉄本線・世界旅」(普段の「日本旅」ではなくて、海外に飛び出しタイの鉄道を乗り継ぎながら酒を飲む景気のいい特別企画であった)を見ながら荷を解きワインで飲み直した。「このところ直接にここに帰ってくるときさ、清澄通りの方に見える信号の明かりを見やりながらなんというか切ない心持ちになったことが何回かあってね。ああ、長らく暮らしてきたここをいよいよ去るのか…、なんてさ。でも帰ってきた日に銭湯につかる喜びってえのはそんなおセンチを凌駕して余りあるな」などと私たちはおどけて語り合う。あとふた月もして引越しと引き渡しが無事に完了すれば、ここは「東京の住まい」でなくなり、「仕事場」も「住まい」も銭湯の2階に集約される。どちらにしたって地下鉄ひと駅分も遠くなるわけではないのだけれど。

 しかしここで問題がひとつ、銭湯というのは一週間に一日、必ず定休日がある。その日に顔を出さなければならない会合などがあって、帰ってからさっぱりしたいというときになんとも困る。しかしそれも心配には及ばない。冒頭に掲載した錦糸町駅周辺の写真の右端上部にご注目いただきたい。PARCOと楽天地が共存するビルの最上階、窓から光が漏れるここは天然温泉とサウナ、原則年中無休で24時間営業の楽天地スパなのである(かつての名称はそのままズバリ楽天地温泉)。ここに立ち寄りさっぱりしてから繁華街の端っこを抜けて乙な帰り道をプラプラたどればいい。こちとら初老の身、「風呂に入らなければ」と思えば深酒の予防にもなるし(そしてこちとら初老の身、うっかり深酒してしまったらそもそも危険なので入浴してはいけない)、「飛んで火に入る夏の虫」がごとく繁華街の客引きの誘惑におめおめそそのかされることもないだろう。そんなこんなを考えれば一切合切含めて2ヶ月後の新しい暮らしが楽しみでならない。ああ、もうすぐ隠居の身。新たな日常にゆっくり身を沈めて息をつく。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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