隠居たるもの、更始一新を図ってリニューアル。2026年5月24日日曜日の昼下がり、私は長らく通ったジムでうっすら汗を流しながらいささかおセンチな心持ちになっていた。さほど広くもないスペースに勤め人と思しき若い者たちがひしめいている。こちとらせっかちな初老の身、空いたマシンを目ざとく見つけてせっせと筋トレに取り組むものの、前夜に大学同窓会の行事があり予定通りたくさん酒を飲んだもんで多少なりとも身体が重い。時間に融通が効く分よほどのことがないかぎり混雑する週末や祝日は避けてきたのに、そして億劫になってもおかしくない条件がそこに加わったというのに、何故にこの日わざわざジムに足を運んだのか。それはこの日が「よほどのこと」そのものだったからだ。

 万感の想いを胸に汗を流す

 もう8年ほど前になろうか、暮らすマンションのほど近くで新規開業したこのジム、オープンが告知されると同時に私は会員となり、以来せっせと通った。マンションはすでに人手に渡したが、このジムとの会員契約は5月末日まで残っていた。つれあいは私が同窓会に行くことをいいことに前日の23日にすでに白馬入りしていて、明けて25日の月曜日になれば私も後を追う。ということはこのジムを利用できるのはとうとうこの日が最後、つまりそういうことだったのである。そう思うとどこかしら「万感の想い」らしきものが胸に去来するのは人情、二度にわたるぎっくり腰のリハビリだって恐る恐るここでしたのだ。しかしプライベートレッスンを受けるでもなく、マシンでひとり黙々淡々とトレーニングすることを習いとしていたから、ここで長らく働いていて顔を見知っているスタッフだからといって今さら会話を交わすこともない。誰とも共有しようのない「万感の想い」を持て余していたところに、白馬に先入りしていたつれあいからメッセージが届く。「将来に山の家で使おう」と10年ほど前に買い求め、なのに山の家への引越し直前に破損し修理に出していた一脚のセブンチェアがやっとのこと「予定通りに届いた」のだという。

遺跡発掘現場のような庭

 5月25日午後3時50分、ほぼ2週間ぶりに白馬に降り立った。2日前に散種荘入りしたつれあいが翌朝の食事分まで買い物を済ませているからスーパーに立ち寄る必要はない。ウォーキングよろしく久しぶりに白馬駅から歩いてつれあいが待つ散種荘まで登ることにする。国内外から夥しい資本が流入しあちこちで「開発」が進む白馬であるが、その一方では田んぼもまだまだそこかしこに残っており、田植えが済んだばかりのこの季節にしか味わえない美しい田園風景が道すがらに広がっている。全国的に気温の高かったこの日、リュックを背負って長袖ポロシャツ一枚で歩いてみると、北アルプスを望むこの地でもうっすら汗ばんだ。はたしてハルゼミが鳴き盛る散種荘に到着すると、まるで遺跡発掘現場に化したかのような庭で、職人さん二人ができあがった基礎の最終仕上げをしているところだった。こうしてかっちり基礎ができてみると、これから建ち上がるものを想像するのも容易、離れ建て増し工事は着々と進んでいるのだった。

ステレオ組み替え作業

 引越しとそれにまつわる諸々が一段落した今、つまりこれまでの「体制」にほぼ始末がついたこの折、生活の主眼は次なる「体制」の構築へと移行する。もちろん離れの建築それ自体は大工さんたちに任せる以外に手はないが、例えばステレオセットの組み替え作業なんぞは私の他に適任者も見つからない。なにもこの際だからと調子に乗って新しいステレオセットをそろって買い求めたわけではない。そもそもほぼ四半世紀にわたって暮らした東京のマンションには愛着が染みついたセットが存在した。ホームシアター関連の機器はこれ以上に必要もなければ置き場所もないので売却したが、アンプとCDプレイヤーおよびスピーカーという音楽再生基本セットはそのまま白馬に引越してきた。この東京セットと元からある白馬セット、足りない機器を二つほど買い足し組み合わせを変えて、母屋セットと離れセットのふたつに組み替える。まずは母屋のために買い足したレコードプレイヤーひとつが届いたところで、母屋セットの抜本的組み替え作業に着手したのだった。

 それにしてもステレオセットの配線というのは難儀なものだ。東京で使われていたアキュフェーズのアンプが、あらためてアナログレコードプレイヤー用拡張ボードを取り付けた上で、これまでのDENONのアンプに取って代わる。そこに繋がれるのはやはり東京で使っていたアキュフェーズのCDプレイヤーと新たに導入されたDENONのレコードプレーヤー DP-3000NE、そして元からここにあったTEACのネットワークオーディオプレイヤーとB&Wのスピーカーだ。新しいレコードプレイヤー用に買い求めたふたつのカートリッジ、MM型のオーディオテクニカAT-VM750xSH(このメーカーはMM型と言わずVM型と呼称するのだが)とMC型のDENON DL-103Rのセッティングにだって慎重を期さねばならない。そこに元からここにあるホームシアターセットのより煩雑な配線と、長年にわたって隅々に溜め込まれたホコリの清掃が加わる。始めたからには一日仕事だ。

 簡単なものから繋ぎ始め、その機器からBGMを流しつつ作業を進める。もともとこの母屋で使われていたDENONのアンプとTechnicsのレコードプレイヤーそして東京からやってきたTEACのネットワークオーディオプレイヤーとJBLのスピーカーは、離れが完成したあかつきにそちらに移しあらためてセッティングする運びだ。だったら離れができてからいっぺんにやればいいようなもの。しかし新しい組み合わせで従来のステレオラックがすし詰めになるのは必定で、天板の上に棚板など簡易な収納具を新しく用意することも計画のうち。だとしてこのステレオラックを作ってくれたアオゾラカグシキに、同じウォルナット材で似たようなテイストとなる棚板を作成してくれるよう発注するとするならば、簡単なものとはいえ出来上がりまでには時間がかかる。だから早々にセッティングして寸法を割り出しておくことが肝要だったのだ。案の定、サイズをメールで伝えると「すでに受けている仕事の順番もあるし納期はおおむね7月上旬」との返信。けれどこれも算段通り、離れの竣工にピッタリ間に合ったに違いない。

続々と資材が搬入される

 新たなセットが組み上がってみたら、これがまたなんともたまらずグッドサウンド。ご満悦である。運よく暮らしを重ね初老の身にしてこの音を享受できる、まったくもってありがたい。若いころなら今より感性も豊かだし当然のこと耳もいいからラジカセから聴こえてくる割れた音でもいいんだけれども、耳鳴りもするようになったこの歳になるとそうもいかない。こうして音楽に没入することができればかろうじて感性も老け込まずに保たれる。私は真面目にそう思っている。だからこそ手が届く範囲で可能な限りのグッドサウンドを希求するのだ。そんなことを考えつつこの文章をしたためていたら、なにやら大きな音を立てて外にトラックが停まった。職人さんたちが朗らかに声をかけ合っている。

 基礎ができあがった以上、次なる工程は組み上げだ。5月28日を期して続々と資材が搬入されてきたのであった。中東情勢の緊迫化に伴うナフサ不足によって日本各地で建築工事が滞っていると聞く(ここ白馬でも停まってしまった現場があるそうだ)。政府は「必要な分は調達済み、目詰まりだ」と一方的に主張するが、現場に携わる知人によると「そうせざるを得ないから提示された値上げを承諾しても、いかんせんモノが決定的に足りなくて入ってこない。そんな状況なんです。大きな倉庫もなくて在庫も持てない小さいところはもう危ない」んだそうだ。散種荘の離れ建て増し工事を頼んでいる地元工務店社長に確かめると「室内は床から天井から壁からすべて板張りということで、そこに上塗りする塗料を油性のもので考えていたが、どうにも入ってこないんでそれを水性のものに変更する」という。それ以外は、ずいぶん前から始まっていた計画だから資材は押さえてあったし、そもそもナフサ由来の材料を使う工程が少ない設計なんで予定通りにいける、とのこと。まったくもって運よく幸いなこと、更始一新はもうすぐそこだ。ああ、もうすぐ隠居の身。#山の家プロジェクト最終章はゆっくり着々と進む。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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