隠居たるもの、神妙な顔して盃を干す。2026年6月1日月曜日、いよいよ#山の家プロジェクト最終章、すなわち「散種荘の離れ建て増し計画」は建て前までこぎつけた。そもそも何かにつけ不信心な私が「この日」と指定したわけではない。しかし暦の上でこの月曜日は先勝、「万事において急ぐことがいい」という条件づきではあるが、建て前をするには大安と友引に次ぐ吉日なんだという。そんなこととはつゆ知らず、「職人たちが朝早くから集まりますんで」と言われていたから早起きをして、寝ぐせなどを整えのんきに待っていた。馴染みの職人が第一陣としてやって来たのは午前7時、「それにしても早いね」と笑みを浮かべながら「おはようございます、今日はよろしくお願いします」と挨拶を交わしたかと思えば、続けざまに総勢6人ほどの職人たちがそれぞれの軽トラックに乗って集結、散種荘の庭を行き来しきびきびと準備にかかる。そこに地元工務店社長が現れ、あたりを見回して最終確認、万端整い「いざ建て前!」という段になって「よろしければ一緒に盃を」とお声がかかる、とまあこういうわけだ。朝ドラが始まる前だったからこのとき8時にもなっていなかった。

建て前に白馬錦を御神酒として分かち合う

 近頃はGoogleに「建て前」と入力して検索をかけると、勝手にAIが「建て前とは…」と詳細にその言葉の概要を教えてくれる。それによると「表向きの意見や方針」ではない建築における「建て前」とは、「木造住宅などを建てる際、柱や梁などの主要な構造部材を組み立てる工程を指します。屋根のいちばん高い部材(棟木)を取り付けることから「棟上げ(むねあげ)」「上棟(じょうとう)」とも呼ばれ、工事の安全を祈願する儀式(上棟式)を行うこともあります。」ということだった。そもそも儀式を行うことなどはなから私たちの念頭にはなかったが、工事の安全を祈願する職人たちからすればそういうわけにもいかない。そこで社長が何かにつけ不信心な施主夫婦に成り代わり、簡便な上棟式を催してくれたのであった。それぞれの手元に紙コップが配され、そこに御神酒が注がれる。御神酒とされたのは当然のこと白馬の銘酒 白馬錦、みなでひと息に飲み干し、残った酒は建物の四隅の柱の根元に撒かれる。何をするわけでもないのに「これからが本番」とこちらの気も引き締まる。

ニッコウキスゲが咲く頃に

 今どきであるから、白馬錦にも純米、純米吟醸、純米大吟醸という精米歩合の多寡による分類がある。またそれらの通称をウサギギク、チングルマ、ニッコウキスゲと高山植物の名としているのも山の酒らしくて好感が持てる(上に掲載したスーパーに並ぶ白馬錦の写真を参照)。おそらく建て前で分かち合ったのは純米のウサギギクであったと推察するが、純米大吟醸の通称はニッコウキスゲ、おりしも「散種荘の離れ建て増し計画」の建て前が挙行されたのは、どこからやってきたのか庭の端に自生するニッコウキスゲが花を開いたその翌日であった。ハルゼミが鳴き盛る初夏、鮮やかに黄色い花がパッカリ開く容姿にそれはそれでやはり華やいだ心持ちになるのである。

足場の上から

 5月30日土曜日、朝も7時40分だというのにインターホンが鳴った。ドアを開けるといくぶんシャイなアンちゃんが「おはようございます、まだ朝早いんですけど始めていいですか」とはにかみながら挨拶をする。建て前に先立つこの日に「足場を組み上げる」と工程の説明を受けていた。職人たちはみな朝が早いから、こんなこともあろうかと早々にパジャマから普段着へと着替えておいてよかった。「おう、やってくんねえ」と応じるなり若者が二人がかりであれよあれよという間に足場を組み上げる。9時半になるころまたインターホンが鳴った。「もう終わりましたんで帰ります」とこれまたきちんと挨拶、礼儀正しい。10時になるころ地元工務店の社長が打ち合わせにやってきて「あれ?もう組み上げて帰っちゃったの?」と苦笑い。この日は白馬の小学校は運動会、もしかして子どもがいて早く応援に駆けつけたかったのかもしれない。どちらにしろ若いんだもの、さっさと仕事を終えて家族サービスするなり遊びに行くなりしたらいい。社長を含めて残る同年代の3人は一時間ほどかけてじっくりと打ち合わせ、棟上げに備えるべく最終的にすべての仕様を決定したのであった。そして咎める人がいなくなった午後になり、恐る恐るこっそりと足場に上がってみたのは言うまでもない。

みるみる柱が建ち上がる

 職人たちはみなそれぞれにキャラが立っている。シュッとしたイケメンもいれば、几帳面でカチッとしたベテランや「クマ」とあだ名されそうな寡黙な力持ちもいる。足場が組まれるときもそうだったのだが、そんな彼らが見惚れるほどに手際よく、そして早々と建ち上げる。「工場から材木が出荷される時点で継手などの加工がなされているのでできること」とは社長の解説。考えてみればここ散種荘そのものの建築に着手したのも6年前2020年の初夏だった。ロックアウトと呼ぶべきもっとも過酷な状態のコロナ禍真っ最中で、都道府県をまたぐ移動の自粛が要請され日本全国に「自粛警察」が跋扈したあの時分のことだ。自前の建物が長年かけた計画の末せっかくに建ち上がるというのに、悲しいかなその光景を目の当たりにすることはできなかった。だからこの建て前、所帯を持ってからというものずっと東京のマンション暮らしであった初老の私たちが、自前の建物が建ち上がる様子をようやくにして拝める、そんな初めての慶事に他ならないのである。そうしたことに思い至ると、小さな離れとはいえしみじみ感慨が深い。

 「ははあ、あそこに窓が入るわけだな。そして片流れとなる屋根の勾配はあんな感じか。ほほお、目論見通りだ、雁木がいいねえ」などなど、母屋から窓越しに作業を見つめる私たち夫婦、計画が具現化していく様子にいっこうに飽きることがない。材木があらかた組み上がった遅い午後、「あれ?あんな小太りの職人さんいたっけか?」と現場に波紋が生じる。発注してあった窓と扉を搬入してきたメーカーの営業であった。さすがに実際の取りつけは翌日なんだそうだが、小さな建造物とはいえ一日二日でここまで建ち上がることに素人である私たちは驚くばかりであった。

台風6号:チャンミーが来る前に

 「台風が来る前に窓と扉を取りつけて透湿防水シートを施工するところまで終わらせます。そうすればもう雨がどんなに降っても大丈夫ですから」と社長は段取りを説明してくれた。台風6号:チャンミーが白馬に影響を及ぼし始めるのは6月2日の夜からと予想されている。太平洋側を通るのでこちらで豪雨に見舞われるということもなかろうが、建て前が済んだばかりでいきなり台風というのも心許ない。はたして前日の建前と打って変わって、2日の朝8時過ぎににやってきたのは馴染みの職人二人だけだった。とはいえこの二人は頼りになる。途中から電気屋さんも加わって着々と工事は進む。まずは透湿防水シートの施工から始まり、気がつけば2階の東側に窓がつき、昼も過ぎるころには1階の南側にも窓がつく。最後に扉が取りつけられ無事予定通りにこの日の作業も終了した。

 「今日はこれで上がります。明日ですが、電気屋さんは来ますけど私たちは雨が降るうちは会社で室内の造作を作ってます。それでですね、はい、これが施主さんの扉の鍵です。できあがった段階で本物の鍵と取り替えることになりますが、それまでは3本、現場と会社と施主さん、それぞれで持つことになりますんでよろしくお願いします」と離れの扉の鍵を渡された。職人が帰ってからこっそり鍵を回して建築現場に侵入したことは言うまでもない。ここまでしつらえができれば「部屋」といって過言でない。広さを確認し調度を配置した様子を妄想し「むふふ」とほくそ笑んだのであった。その「部屋」の窓から外を見回してみると、庭の端っこに新たにもうひと株、ニッコウキスゲと思しき葉が育っていた。来年の初夏には花を咲かせるかもしれない。ああ、もうすぐ隠居の身。返す返すも#山の家プロジェクト最終章はゆっくり着々と進んでいるのである。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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