隠居たるもの、鋭い切返しに舌を巻く。2026年6月12日昼過ぎのこと、私は銭湯の二階で来客とともにTVを前に手に汗を握っていた。来客とはかつての勤め先でもっとも信頼を寄せていた7歳年下のシンジくん。それぞれがその勤め先を辞して6年やら7年とか経つんだけれども、出会ってからはかれこれ23年くらい、彼とのつきあいは今も続く。最後に顔を合わせて以来どれくらいになろうか。あれは二人が15年ほど前まで属していたオフィスのマネージャー勇退を祝うパーティーの席だったから、指折り勘定してみると2年半と少し。この度ちょいと相談したいことがあって連絡し何日か前にご足労を願ったのだが、「そういうことならお役に立てそうです」「よかった、力を貸してちょうだい」と相成り、あらためて資料持参でこうして再訪してくれたわけだ。私は彼を、この日に開幕したW杯の第二戦 グループAの韓国対チェコ戦をDAZNで「追っかけ再生」しながら待っていた。

ゲリラ豪雨のさなか
ゲームが0−0と膠着したまま後半に突入するやいなや雷の音が鳴り渡った。雷雨との予報もあったし慌ててベランダから洗濯物を取り込み終えたころ、「ギリギリセーフ」とシンジくんが部屋に駆け込んでくる。見計らったように雨がザッと降り出した。グラス一杯の水なぞ出し、観戦はいったん停止することにしてTVを消そうとすると、「いやいや、いいですよ。どこの試合ですか?韓国?それじゃあなおさらだ。話はとりあえず観終わってからにしましょう。だって落ち着かないでしょ?」とシンジくんはニタっと笑う。さすが私の性癖を熟知している。そしてこうも言う。「ダイジェストを見ただけの誰かがうっかり試合結果を口にしようものなら怒ってましたものね。『なんてことしてくれるんだ!まずは周りに結果を口にしていいかどうかの確認をしろ!俺はその試合を今日帰ってから観るんだぞ!』って。もう会社に行くこともないから安心なんでしょうけど、W杯期間中ともなると、全試合を観るあなたに私たちも腫れ物に触るように接していたんですよ(笑)」こうしていい歳したオヤジが二人、ゲリラ豪雨に見舞われた平日の昼日中に、水を飲みながら小さなテレビでしばしサッカーに熱中することになった。

これ以上にないナイスゲーム
下馬評では技量に勝る韓国が有利、しかし平均身長が圧倒的に高いチェコがその高さを武器に一瞬のスキを狙うスリリングなゲーム。シンジくんの到着からしばらくした後半14分、韓国のディフェンスが気を抜き緩慢になったまさに「ほんの一瞬」を見逃さずチェコがロングスローからのヘディングという「最短距離」で先制。「うわっ、術中にハマっちゃったよ…」と悲嘆に暮れるが「まだ時間はある」なんてハラハラ見守っていた後半22分、ペナルティエリアでボールを受けた背番号6 MF黄仁範(ファン・インボム、オランダのフェイエノールトで日本のFW上田綺世とチームメイト)が強烈な切返しを披露し一瞬にしてチェコのDFとGK合わせて3人を横倒し、そのあと無人のゴールに見事なループシュートを決めた。そして後半32分にも追加点を重ね2−1で韓国が逆転勝利、率いる監督は2002年日韓共催W杯の時の韓国チーム主将 洪明甫(ホン・ミョンボ、現役時代はベルマーレ平塚や柏レイソルで活躍)、これ以上にないナイスゲームをして見せたのである。30分と少しの間の3点を見届け、これで落ち着いてシンジくんとの話に集中できる。

行き過ぎた商業主義は本質を毀損する
ずいぶん前に解約したDAZNと再契約も交わしたことだし、それでは今回のW杯も私は全試合観戦するのだろうか。実のところそんな熱意はもうない。1974年西ドイツ大会から13大会にわたってW杯を観続け(しかも全試合中継が始まった1990年イタリア大会からの9大会はすべて全試合観戦)、「『W杯』とはもっとも甘美な単語」とまで口にしていた私であるが、なんというかしらけているのである。金儲けしか考えていない守銭奴が、開催国の気が触れた権力者に臆面もなく擦り寄りながら主催する大会に、これまでと同じような熱意を抱くのはどだい無理。確かめてみたら、前回のW杯カタール大会が終わった直後の2022年12月23日、すでに私はこのブログで上記「行き過ぎた商業主義は本質を毀損する」というサブタイトルをつけて以下のように心情を吐露していた。

「今のFIFAにはそんなバランス感覚は望むべくもなさそうだ。今大会の盛り上がりを前に、ジャンニ・インファンティーノ会長は、48カ国で開催される次回W杯のグループリーグを、当初計画の3チーム16グループから、4チーム12グループに考え直すことを表明した。するとなると、現在32チーム参加で総試合数64のW杯は、いびつなトーナメント構成を抱えながら総試合数104へと、とんでもない規模に肥大化する。とてもじゃないがひと月では終わらない。もちろん全試合観戦なんて無理だ。そこに加えて、4年に一度開催から3年に一度開催に変更するよう計画を立てているとも聞く。どうしてそこまで貪欲に過剰でなければならないのか。国際オリンピック委員会IOCを見るまでもなく、貪欲に過剰な商業主義を打ち出したFIFAは「さらに多くのものを出すべくレモンを絞ろうとしてい」て(FIFA前会長ゼップ・ブラッターの弁)、間違いなくサッカーの本質を毀損し、祝祭空間をでっち上げるために地球環境を破壊し続けることだろう。W杯の余韻にひたりつつも、同時にこれが『終わりの始まり』とも思えて寂しくなってしまう。神の子メッシがジュールリメトロフィーを頭上にいただいた姿、悲しいことに、これが『古き良きサッカーの最後の記憶』になるかもしれない。」

普通に考えて、参加国が増えることで全体的なレベルが落ちるのは必定、そうやって水増しされた試合の数々がこれまでのW杯の基準を満たさないのは自明の理、だからしゃかりきになって全試合を観戦する必要もない。また、スタジアムでの観戦チケットがとてつもなく高額なんだそうで、韓国対チェコ戦においてすら空席が目についた。そこにもってきてイランをはじめとしアフリカの数カ国およびハイチに対し、ホスト国アメリカがあからさまな嫌がらせをしていて、スタッフやサポーターの入国が拒否されてもいる。おまけに放映権の高騰から世界各地で無料放送される試合は激減、有料放送と契約しないかぎり全体像には迫れない。大会を主催する愚かな拝金主義者は、おこぼれに預かる共犯者たちともども何があっても「大成功!」と声を張り上げるだろうが、サッカーとW杯の本質を毀損する「もっとも恥ずべき大会」として記憶されるに違いない、私なんかはそう思わないでもない。だからテキトーに見繕って観るくらいでちょうどいい。

This Past Week
だからけっこう余裕があるのである。以前はW杯期間中といえば観戦と仕事以外ほとんど何もしなかった、というかできなかったのだけれど、双方ともにない。6月5日に白馬から東京に戻って来てからこの一週間ほどというもの、4年ごとW杯開催年に開かれる中学高校サッカー部OB会に参加し三次会までつきあった帰り道(やはり盛り上がっていないのだろうか、サッカー部ばかりで集まっているというのにW杯はほとんど話題に上らなかった)に都心の闇に足下から浮かび上がる熱帯魚屋を見つけたり、上野の東京都美術館で開催されているアンドリュー・ワイエス展に足を運んだり、気心の知れた大学の先輩たちと5人で新宿三丁目と東新宿の間の路地裏にひっそり佇む3代続く焼肉の名店に集ってこのときも楽しく三次会までつきあったり…

国立科学博物館 自然教育園で催されている「シジュウカラの社会」という企画展に出向き四十雀について勉強したい、とつれあいが言うから白金台に連れ立ったり、この間にシンジくんの来訪を2度受けたり、最後につれあいのかつての仕事仲間にして古くからの友だちたちとわいわい食事をしたり(このときは2次会まで)、そんな風にして過ごした。そういえば、2020年に運用開始された「羽田新ルート」の影響だろう、鬱蒼とした自然教育園の上空を、飛行機がゴッーと音を立てて高度も低くひっきりなしに横切っていった光景が忘れられない。そうすることで便数も増えればお金も動くのだろうけど、くわばらくわばら、空恐ろしい心持ちは今も拭えないし、森に漂う詩情だって台無しになった。だからこそまた思い浮かべる。背番号6 MF黄仁範のあの切返しは見事だった。時が止まったようですらあった。ああ、もうすぐ隠居の身。そこには美しい詩情が満ちていた。
