隠居たるもの、誘われるがまま渡りに船。2026年8月19日の夕刻、私たち夫婦はご近所さんの素敵なお庭で炭火を起こしていた。焼き台は持ち寄られたものを含め合わせて四つ。ここに集いわいわいと準備に勤しむ五軒のご近所さんのうち三軒に、8月に誕生日を迎える人がいた。それも一日おきに15日と17日と19日。夏休みのピークを過ぎた頃合いに絶好の口実、もっともらしく「合同お誕生日会」という名目を立ててバーベキューパーティーを催さないかと話が持ち上がった。そして19日の当日に誕生日を迎えるのは何を隠そううちのつれあいだ。こちとら初老の身、例えば還暦など節目となる誕生日ともなれば気合いも入ろうが、それ以外となると「今さら大げさにするのも照れるし、とはいってもちょいと特別な日には違いないし…」と逡巡、どうしたものか落ち着かない心持ちを抱く。ここはひとつ「渡りに船」、二つ返事で「参加いたしましょう!」と返答したのであった。

東京の水道はいつまだたってもぬるま湯
今年の春に大学を卒業して就職し、最初の勤務地として広島に赴任した後輩がいる。40歳近く年下のその後輩から「職に就いて初めての夏休みに里帰り(つまり帰京)するので先輩たちと食事ができれば」と連絡が回ってきた。普段から「先輩」とうそぶいている以上、これに応えないのは名折れである。つれあいの誕生日とかち合わないよう17日に日程調整してもらい、こちらも二つ返事で「参加いたしましょう!」と返答していた。学部を吹っ飛ばし高校から飛び級で法科大学院に通うまだ20歳のとてつもない後輩もせっかくだからと呼び出し、東京の日本橋で四人のオヤジが二人の若者を囲む。その日ひとり二週間ぶりに新幹線で午後遅くに上野に到着、窓を開けて部屋に風を通し植物たちに水をやるべくひとまず江東区の銭湯の2階に帰る。ところが蛇口をひねっても、出てくるのはいつまでたってもぬるま湯で、冷たくなる気配が一向にない。東京の洗礼である。それをそのまま植物たちにやるわけにもいかず、水になるまで待っていたらギリギリの時間になってしまった。当然のこと宴席は楽しかった。


東京帰りの土産は神茂のはんぺん
明けて18日、午前中にいくつか東京でしかできない用を足し、昼に神保町のスマトラカレー共栄堂でポークカレーを食し(東京に出張していた大阪在住の大学の先輩が似たような時間に同店にいらしたことをその晩にFBで知りお互い驚いた)、いつものように東京堂書店に立ち寄り何冊か本を買った。そのうちの二冊、自分も読みたいから購入したベンガル系の女性作家ジュンパ・ラヒリの「ローマ物語」と元トーキング・ヘッズのフロントマン デヴィッド・バーンの自転車世界旅日記「バイシクル・ダイアリーズ」、それらをつれあいへのバースデープレゼントとすることにした。そして新幹線に乗って長野駅へと向かう前に、私にはもうひとつ日本橋に立ち寄り果たすべき使命があった。創業元禄元年 神茂(かんも)のはんぺんを白馬のバーベキューパーティーに持ち帰ると約束していたのである。

神茂の最寄駅は東京メトロ銀座線と半蔵門線が乗り入れる三越前だ。ここは20年近く日々に通った私の勤務地でもあった。いちいちGoogleマップに頼らなくとも町を闊歩できる。A1出口から三越本店を挟んだ中央通りに上がって、創業嘉永二年「上から読んでも山本山、下から読んでも山本山」お茶と海苔の山本山の脇から小道に入れば神茂はすぐそこだ。ところが張り巡らされた鉄のフェンスに小道が塞がれているではないか。そうだった、山本山を含めた一帯も再開発されることとなり、またしても高層ビルが建つのだった。海苔の円筒缶を手に微笑む山本陽子の等身大パネルもどこへやら、現在は道ごと塞いで解体工事中、やれやれ、大回りを余儀なくされた。とはいえ町を熟知しているからこそ大回りしても辿り着けるのであって、そうでなければ暑い日中に迷子になってもおかしくはない。上に掲載した写真の奥、野村證券旧館の向こうに聳え光り輝く新築の高層ビル、ようやく竣工するようですっかり覆いが取れている。しかし私は怪訝な思いを払拭できない。人口減少に向かう社会においてこうも次々と大規模開発をする必要がどこにあるのだろうか。私の知り合いは皆「再開発が始まってからというもの渋谷で道に迷うようになった」と口をそろえる。そのうち億劫になって渋谷には足を運ばなくなった。いつしか日本橋で迷子になる日がやってくるに違いない。水道の蛇口をひねってもそうそう簡単に水にならないはずだ。

「要冷蔵のうちのはんぺんは暑い中そんな長い時間は…」とさんざん釘を刺され、保冷バックにたっぷり保冷剤をつめてもらい、それを抱えて新幹線に乗り長野駅、駅の駐車場に停めておいた車で白馬に戻った。帰宅しまずは手を洗おうと蛇口をひねる。5秒もしないうちにとびきり冷たい水になった。つれあいと晩酌をしていたら、開け放した窓の網戸にへばりついてるやつがいる。殊勝にも「おかえりなさい」と挨拶をしているのだろうか、うちの庭に生息するアマガエルだった。こいつがいなくなったのを確認して窓を閉める。白馬の夜はもう秋のよう、まだ数は少ないがコオロギも鳴き始めていた。

二頭の獰猛な小さき獣
もちろんのことバーベキューコンロにのるのは神茂のはんぺんだけではない。むしろそれは「話のタネ」というべき余興であって、メインはもちろん肉であるし、大人のバーベキューといえば魚介なのである。そこに「母が育てている」新鮮な野菜も加われば、締めにはやっぱり焼きそばだ。カフェ経営するご近所さんがいらっしゃるのでデザートにティラミスまで用意されている。それぞれの食材が分担して持ち寄られ、酒は各々が持参する。盛りだくさんだ。参加者は近隣で暮らす五軒で総勢11人、そこに小型犬二頭が加わる。なぜか私は犬に好かれるたちらしく、気がつくと小さき獣が足元に控えていたりする。地域の重鎮が「こいつは私の点滴だから」と栓をひねる紙パックの赤ワイン、調子に乗ってご相伴にあずかっているうちすっかり楽しく酔っ払った。


はんぺんからホタテに始まり、イカにハラスと鮑、さらに海老までは写真に収めたものの、申し訳ないことにメインの素晴らしい肉が出るころにはすっかり調子が上がってシャッターを切ることを忘れがち。とはいえ、肉やそばを焼いているご近所さんたちの姿は「DJのようだ!」となぜか面白がって写真に収めているのだから、それはそれで酔っ払いというのはおかしいものだ。


白馬で邂逅する中学の先輩と後輩
誕生日を迎えた三人の主役のうち、二人は千葉のとある中学の先輩と後輩だ。その先輩の奥様もやはり同じ中学出身で、後輩というのは何を隠そううちのつれあいだ。別荘地であるがゆえ「生まれたときからここで暮らしている」という方はまだいない。先日に酒を酌み交わし「どちらからここへ?」とやり取りしていた際、先輩ご夫妻は「え?その時そこに住んでいたというなら中学は六中でしょ!私たちも六中よ!」と喝破された。遠く離れた白馬で初めて邂逅する先輩と後輩、なんとも味のある話だ。しかし一方のつれあいはというと「はたして私が通っていた中学ってそこだったかしら?」と眉を八の字にして釈然としない顔。その表情がなんともおかしく周囲にとぼけた風がそよと吹く。ときおり予期せず浮世から離れてみせる、つれあいのチャーミングな真骨頂である。


結局のところ半信半疑のまま義兄に確認すると、兄妹はまごうことなくご夫妻の後輩だった。「何十年も頭に浮かべずにいたんだもの、突然に五中とか六中とか、咄嗟にはわからないじゃない」とはつれあいの弁。どちらにしろ、つい先ごろ豪雨に見舞われた地域にある中学の同窓生が、遠く白馬で催されたこのバーベキューパーティーで、奇遇にも最大派閥であったことに間違いはない。

向こう五軒両隣
「あれ?この半分かじられたキュウリはなんだ??」、翌20日の朝、冷蔵庫を開けて私も釈然としない顔になった。歯形もくっきり半分になったキュウリが一本、冷蔵庫のど真ん中に裸でぽつねんと鎮座ましましているのである。つれあいも保冷バックの中に同じく半分かじられた一本だけのキュウリを見つけた。そうだった、帰りがけ今回のホストに「母が育てている」キュウリをそれぞれ一本いただき、「酔い覚まし」とばかりかじりながら帰宅したのだった。そしてあまりにも近いがゆえ二人とも一本まるまる食べ切れず、それぞれ考えるところあって保管場所を選んだ、とまあそういうことのようだ。残りの半分は味噌をつけてありがたく平らげた。バーベキューパーティーの席で、長らくここで暮らすご近所さんたちから、水道の水はすぐに冷たくなるし迷子になるようなことはないにしろ、このあたりの変遷をいろいろとご教示いただいた。樹木の様相だって自然の摂理で変化してきたのだという。ふと、平日の夜に屋外に集いワイワイやって近所迷惑にならないかと気にかかる。そうだった、心配には及ぶまい。ああ、もうすぐ隠居の身。ご近所さんは今こうして皆でいっしょにいるのだから。