隠居たるもの、ささいな違いを嗅ぎわける。男かどうかはどうでもいいけど「ダバダー」なのである。歳を重ねるにつれ外食の回数が減ってきていないだろうか。その穴を埋めるほどの刺激を、我が家の小さな食卓で毎度用意することはできないし、またその必要もない。だからといって、惰性の食事は生活を貧相にするばかりだ。目指すべきは、ささやかなカタルシスなのだ。
調味料、調味料、調味料
高価な食材は往々にしてうまい。しかし、お大尽でもあるまいに、そのようなものを頻繁に買いそろえるわけにはいくまい。それに、そうしたものを食したければ、なけなしの外食に出かけた方がいいというものだ。そして、それがいつもということになれば身体と家計にさわる。では、「ささやかなカタルシス」はどこにあるのか。調味料である。高価なものでもたかが知れているし、1回の食事で使い切ったりはしない。少しの贅沢で、日々の食卓には明らかな「違い」が醸し出される。
どこより美味しい焼きそば
ご近所の江東区猿江に、青海苔一筋90年 (株)カメセ水産 という会社がある。例えばこれだ。デパートやスーパーで購入できる。こだわってるのでほんのちょっと値が高い。香りたつこの青海苔を、焼きそばに惜しむことなくたっぷりとふりかけると、小さな食卓に歓喜がもたらされる。青海苔はちょっとやそっとでは無くならない。友人からもらった鎌倉の LONG TRACK FOODSのラー油もしかり。冷奴が見違える。勝どきで開催される太陽のマルシェで知った長野の味噌蔵たかむらの「名月」もしかり。朝起きていただく味噌汁に滋養があふれ、一心不乱にすすってしまう。安全なのがなによりだ。その他、いしるなどの魚醤も私は好む。
食卓の悦び
調味料道楽、「ささやかなカタルシス」の奥行きは想像もつかず、食材に応じたその多様性は食卓の悦びを支える。隠居になってからは朝昼晩と楽しめる。
それなのに、「小さな声を、聴く力。」という素敵なコピーを掲げている政党の国会対策委員長が、「老後に2000万円足りない」という金融庁報告書にからめて、声を荒げてこんなこと言ってたっけ。「年老いて、食費で月額6万円を使う夫婦がいますか?いませんよ!」って。計算してみると一人一食327円、どれほどの贅沢だろうか?小さな声が聴こえていないのだろう。
ああ、もうすぐ隠居の身。一喝してやろうじゃないか、「だまらっしゃい!」と。