隠居たるもの、無慈悲な暑さに策を練る。月が変わり、週が明けて、長い梅雨がようやく終わったと思いきや、またしても辛抱たまらぬ東京の夏がやってくる。昨日の8月5日と今日6日の最高気温は34°だというが、体にまとわりつくヒートアイランドの熱気がそんな数字におさまっているとは到底のこと思えない。しかし予定通りだったらこの2週間は東京オリンピック真っ最中だったわけだ。オリンピック招致の際に招致委員会が作った「立候補ファイル」の中には「2020年東京大会の理想的な日程」という項目があり、そこでは東京の7月24日から8月9日までの「天候は晴れる日が多く、且つ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候である」このように記されていた。注意を怠ると救急車のお世話になりかねない陽気のことをどうやら「温暖」と呼ぶらしいから、“この程度”でうっかり倒れて「自己責任」のそしりを受けないよう、私たちは細心の注意を払わなければならない。
patagoniaのキャップ「LIVE SIMPLY」
近場をちょいと出歩くのに、まあるくツバのついたハットを頭に乗せるのはいささか大仰に思える。でもベースボールキャップの布地は厚くて風が通らないから暑苦しい。だからといって無帽で出歩くことは命を危険にさらすことになる…。そこでpatagoniaのキャップがあることを気がついた。後ろ3分の2がメッシュになっているからこの季節には快い。記憶を記録するためにやたらと写真を撮る私である。意気揚々とこれをかぶっている写真をフジロック2010に見つけたから、おそらく10年前の2010年に購入したのだろう。シンプルに暮らすことがままならない時分だったからこそ心惹かれたのかもしれない。しばし気に入って愛用していたことを憶えているが、気恥ずかしくなったのかこのところはとんとかぶっていない。久しぶりに引っ張り出してみる。いくらか年季も入っていてなかなかいい。膝を隠すほどに長いズボンをはく予定が一切ないこの夏、もしかしたら今だからこそ似合うのかもしれない。
東京都現代美術館で憩う
昨日の午後は東京都現代美術館で涼んだ。オラファー・エリアソン展1枚、企画共同展「もつれるものたち」2枚、それらの招待券が回り回って我が庵にあり、本格的な「夏休み」が始まる前の平日に足を運んでおくのが得策だろうし、新型コロナのあおりでまたしても閉館することもなくはなかろうし、だから今のうちに行っとくかと足を運んだのである。
オラファー・エリアソンは2度観ても素晴らしい。すでに4月末の省察「我が家に展覧会がやって来た!:オラファー・エリアソン編」(https://inkyo-soon.com/olafur-eliasson/)で紹介している。しかし身の危険を感じるほどの熱気にさらされこうも暑いと、彼のメッセージの切迫さをあらためて実感する。展示のラストを飾っていた「溶ける氷河のシリーズ」などは一目瞭然だ。彼は氷河や火山、洞窟といったアイスランドの自然を写真で記録してきた。1999年と2019年に撮影した全く同じ地点の写真をただ並置したこの作品、北極圏に近いかの地の氷河があからさまに溶けている。モタモタしていたら氷河はなくなるかもしれない、早いとこアイスランドに行かなくちゃ、気候変動はすでに目にも見えている。(参照:「いつかアイスランドに、もちろん今じゃない」https://inkyo-soon.com/someday-iceland/)
続けざまに予習もなく「もつれるものたち」を観た。様々な属性と出自を持つ各国のアーティストが、異なる時代や視点を緊張感を持ちながら行き来する刺激的なグループ展だった。すっかり堪能してくたびれたから館内のカフェ「二階のサンドイッチ」へ。昼食は済ましていたので、おやつを食しながらコーヒーをいただく。東京都現代美術館 MOTは、私たちにとって近所の憩いの場だ。地下には予約制の図書館だってある。つれあいは「フリーなんだから予約して通ってみたらどうだ」という。私は「せっかくだからしばらくの間は予定を立てたくないんだ」と答えておいた。
モツニと川辺で夕涼み
陽が落ちてから在宅で仕事をしている近所の友人を訪ねる。戦国時代の武将にして茶人の古田織部を主人公にした漫画「へうげもの」(https://www.amazon.co.jp/へうげもの-モーニング-KC-山田-芳裕/dp/4063724875)を返却しに赴いたのだ。先方も仕事を終えていたから、新扇橋から小名木川と大横川が交差する川辺に下りる。ビールを片手にオープンエアでしばし歓談、運河を縦横に吹き抜ける風を受けてとても気持ちがいい。ふと気づくと私の右隣に可愛い犬がちんまりと佇んでいた。動こうとせず飼い主さんを困らせている。どうやら私たちの雑談に参加したいようだ。飼い主の女性に名前を聞いてみると「モツニ、9歳です」「え?モツ煮⁉︎」「はい、モツニです。人間なら還暦くらいになります」なるほど、同年輩と語らいたかったのだろう。「予定通りにやってたらオリンピック前半の1週間はまだ梅雨だったのよ?それどころかたくさんの人が亡くなるほどのひどい豪雨が同じ国内で降っていたというのに…。そして後半1週間になったらやっぱりこれだものね。いったいどうなの?やれやれ、この暑さ、犬にだってつらいわ…」まあまあ、モツニ、また会おうよ。そうだったことが実際いつの時代にあったのか知らないけれども、来年には「温暖」で「理想的な」気候が戻ってくるといいね。確かにこのキャップ、今の方が似合ってるかもしれない。ああ、もうすぐ隠居の身。LIVE SIMPLY。