隠居たるもの、夏の盛りを庵で過ごす。「定年退職」して10日が経つ。この間に顔を合わせたり電話を通じてだったり、とにかく会話を交わした方々は、話相手に合わせた社交辞令の一種なのであろう、「どう過ごしているの?」とか「どんな感じ?」とか、そんな質問をしてくださる。退職を間近にした3月末から基本的に在宅になり、概ねマイペースで暮らしていたものだから、そんなに大きく過ごし方が変わるとは思っていなかった。それがだね、やっぱり過ごし方は変わらないのだけれど、まったくもって違(たが)えることがあるのである。

「定年退職」の記念に掛け時計をいただいた

「山の家で使ってもらえるものか何かを、どうせならリクエストしていただけないか」18年と4ヶ月の間ずっとすぐの上司だった方から7月30日に連絡をいただいた。同じ課のメンバー全員からの記念品だという。このご時世で出勤すら抑制されていて、もちろん送別会なぞもできず、そして皆の前で手渡すこともできない。だから「この際、絶対に使うものを教えてくれ」ということだった。ありがたいことだからして、つれあいと面つき合わせて吟味し、保留にしたままだった掛け時計をお願いすることにした。こっそり教えられた予算からすると1台ではその半分に満たない価格、だからちゃっかり2台、それも「LONDON」「PARIS」に分けて、こんな詳細なリクエストを31日にお伝えした。慎みもなく、まったくもって図々しい。恥ずかしい限りだ。しかし、そんなことが許されるくらいの間柄だと思っているからこそそうもしたのである。

届いてみるとアルミの外枠がなんとも乙だ

山の家の1階と2階それぞれにと考えているので2台が必要なのだ。それでは、なぜに「LONDON」と「PARIS」なのか。実はそこにはなんの意味もない。今までにもいろいろと探していたのだが、性能に多くを望んでいないとはいえデザイン過多で煩わしいもの、反対に性能過多で事務的で大きすぎるもの、壁掛け時計ってそういうものばかり…。前者は質実剛健な山の家に相応しくないし、後者は遊ぶための家なのに「働け!」と言われているみたいで嫌だ。イギリスのメーカーが作るこのシリーズ、大きさも申し分なくデザインも素っ気なくていい。他に「NEW YORK」と「TOKYO」があるものの、どうにも白馬はヒリヒリした「NEW YORK」ではなかろうし、「TOKYO」は売り切れとなっていた。そもそもそこから離れたくて建てる家に「TOKYO」はないだろう。ということで、1階は「PARIS」、2階は「LONDON」ということで決着がついた。もしかしたら、1階を「PARIS」フロア、2階を「LONDON」フロアと呼ぶかもしれない。もちろん、時間は日本標準時に合わせる。どうしてどうして、とぼけてていい。長らく一緒に働いてきた皆さん、本当にありがとうございます。大変に嬉しい記念品です。よかったら壁に掛かった様子を見に来てください。

過ごし方は今までと変わらない

新型コロナ禍が収まったわけではないから、「定年退職」したからといって過ごし方はそうそう変わらない。ほっといたとしても7時30分まで寝ているのはこの歳になると至難の技で、これ以上は寝ていられないというまちまちの時間に起き出して、検温して朝ごはんを食べて、ニュースを読んでいちいち腹立てて、洗濯して買い物に行く日には買い物に行って、「勤務」の代わりに幹事をしている会の仕事をしたり、古くからの友人・先輩・後輩たちと連絡取り合ってリスクを回避しながら会える算段を探したり、その間にポツポツ本を読んだり山の家プロジェクトの調べ物をしたり、そしてそれを見越した荷物の片付けと整理をしたり、そんでもってこの省察をものしたり、体力維持のため3日に1回ジムで重いものをギックリバッタリ上げ下げしたり、陽気の許す範囲でウォーキングに出かけたり、たまにメロン坊やと遊んだり、もっとたまにAKARU RECORDSにソウルミュージックのレコードを探しにいったり、ようやく日が暮れたらやはりいただいたビールで晩酌したり…。そう、あんまり変わらないのだ。でも、明らかに今までと違う些細だけど決定的なことがある。

心持ちは今までと明らかに違う

残念なことに、時計を贈ってくれる気のいい仲間ばかりではない。再びの紹介となるが、ちょっと前に取り上げたグレイソン・ペリー「男らしさの終焉」(参照:「小さい布製マスクにこだわるのは『男の意地』なんだろうね」https://inkyo-soon.com/the-descent-of-man/)にこんな一節がある。「権力を求める男性は、権力があると思われているかどうか、そして、権力を持っている人間らしく振る舞えているかという点をとても気にする」もうひとつ、こうも付け加えておきたい。「その上で、権力を振りかざせているかどうかをさらに気にする」そういうことなのだ。大した接点を持たないよう努力していてもそういうことなのだ。退職して真っ先に感じたのは、「ああ、もう鬱陶しくない」という爽快感だった。朝起きてそのことに気づくと、つい微笑んでしまう。過ごし方は今までと大して変わらないけど、心持ちが明らかに違う。皆さんの質問に対する答えになっているだろうか?

来週あたりから忙しなくなるだろう。山の家建設があとひと月と佳境に入るからだ。気もそぞろってわけにはいかない。心持ちも違ってるから大丈夫さ。ああ、もうすぐ隠居の身。壁にはLONDONとPARISの時計がかかる。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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