隠居たるもの、ふるまうものを吟味する。さて、散種荘にメロン坊やのご一行を迎えた私たちである。身内とはいえお客様であるから、滞在中の合計7食、「何をふるまうか」は考える。だからといって頭を抱えることもない。ここ白馬では何が美味しいか、それがなんとはなしにわかってきたからだ。それと同時に、お客さんを迎えた賑やかな晩餐でこそ試してみようと楽しみにしていたものもある。それはワインの一升瓶であった。

スーパーにワインの一升瓶がずらりと並ぶ

度肝を抜かれたのである。今や馴染みになりつつあるハピア A-COOP白馬店に初めて買い物に訪れ、酒類売場で滞在中に開けるワインを物色していたときのことだ。(参照:「白馬の食卓@散種荘」https://inkyo-soon.com/sanshuso-dining-table/)もちろん産地であることは存じ上げているから、信州で醸造されたワインがスペースにたっぷり陳列されている様子に「ほほお、さすがに地産が幅を利かすねぇ」などと感心していた。上から下へそのまま視線を落としていくと、最下段にドーンといくつかのワイナリーのエコノミーサイズ、つまり一升瓶がずらりと並んでいる。確かに安い…。そう、度肝を抜かれたのであった。

試してみたいと思うものの、滞在する残日数と外食の兼ね合い、そんなことを考えると思い切れなかった。一升瓶と同じワインのノーマルボトルを購入し、その味に親しんで「いいね」と夫婦で確認しあった後も、なかなか踏ん切れなかった。一升瓶は1800ml、720mlのノーマルボトルの2.5倍なのである。栓を開けてしまったら、近いうちに飲み切ってしまわないと味が落ちるし、「飲み会」というわけでもないのに2度ほどの晩酌で夫婦2人でワイン2.5本はさすがにきつい。そういうことでタイミングを虎視眈眈と見計らっていたのだ。

晩餐は常夜鍋

白馬の豚肉は美味しい。赤みが詰まっていてさっぱりしていて私の好みに合う。その豚肉をさらにさっぱりと味わって欲しいから、白馬の冷える夜に「常夜鍋」である。池波正太郎が好物と紹介していた文章を読んで、我が食卓の定番メニューとなった。簡単で、まさしく「常の夜に」食べても飽きない。(「白ごはん.com」にこんなレシピがあった。うちはシンプルで豚ロースとほうれん草と生姜とぽん酢、だけど。https://www.sirogohan.com/recipe/jouyanabe/)白馬産のほうれん草が売り切れていたから、青菜は白馬産の小松菜で代用した。「ささやかなカタルシス」を調味料に求める私である。ぽん酢なぞはその最たるものだ。散種荘で使うぽん酢は「信濃むらさき ゆずぽん酢」、そばつゆを製造する長野県は松本の老舗 丸正醸造のぽん酢、酸味が強く醤油の味が効いていて美味しい。それが白馬の豚肉の甘味を存分に引き出す。さらにそれらを引き立てるのが、長野県は塩尻の桔梗ヶ原 林農園の軽やかな「五一わいん」だ。どうしてどうして、これがエコノミーサイズなのである。

デキャンタの出番

もう腕力も怪しい。腕をぷるぷる震わせて一升瓶からワインをグラスに注ぐのは危険きわまりない。東京で奥深くにしまわれていたデキャンタを思い出し、それを引っ張り出してこのために持ち込んだ。「ワインは空気に触れて美味しくなるから、デキャンティングした方がより楽しめる」そんな文句にまんまと誘導され、ずいぶん前に購入したものだ。そりゃあそうなんだろうけど、洗ったりするのも含めて段々と億劫になって、すっかり忘れられていた。まさか、ここでワインの一升瓶を味わうために日の目を見るとは…。ご一行がレンタカーで来荘し「足」があったのをいいことに、買い出しに出た際もう一升を余分に買っておいた。私たち夫婦の次回の滞在で、着いたその晩から栓を開ければ、東京に帰るまでに飲み干すことができるだろうと計算してのことだ。

最後の昼餐 「一成」のかつ鍋

https://ja-jp.facebook.com/pages/category/Event/Neo和食堂-一成-259241961367008/

八方尾根スキー場の近く、その駐車場の上に食堂「一成」がある。ここで生まれ育ち、ここを離れて日本料理の修行をした大将が、営んでいた旅館を親御さんが閉めるに際して帰ってきて、地元食材を使う食堂に作り替えたと伝え聞く。私たちは2年前からすでに贔屓にしており、帰京するご一行を見送る最後の昼食もここで取ることにした。私が注文したのは、「鴨のつけそば」とのせめぎ合いを制した「かつ鍋」だった。お恥ずかしい話、あまりに美味しそうなものだから、慌てて口に入れて口内上部を少し火傷してしまう。メロン坊やは、鴨の出汁が出きった残り汁で作る雑炊にまたしてもニンマリと会心の笑みを見せる。「あ、こんな幼い時分から『旨み』ばかりを覚えさせてはいけない…」とハッとして少し不安になる大叔父であったが、「今のうちはこうだけど、そのうち一旦はジャンクの味に惹かれていくんだよ…」とあくまでニヒルな大叔母なのであった。車に乗り込んだご一行と手を振り合う。私たちはジャンプ台を横目に緩やかな登り坂に向かって散種荘に帰る。ああ、もうすぐ隠居の身。残っていたワインはその晩に飲み干した。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です