隠居たるもの、不毛な日々に辟易とする。7月のこのあたり、一昨年までであれば「あといくつ寝たらフジロック?」とフェスティバル開幕の日を指折り数え、一年で最も沸きたった心持ちで過ごしていたものだ。通常は7月後半のフジロック、昨年は東京オリンピックのため8月後半に強制的に日程をひと月ずらされていた。もちろん新型コロナ禍で中止(オリンピック同様に表向きは「一年延期」とアナウンス)となったが、今年2021年も8月20日から日本のアーティストだけで開催することが予定されている。そして決定・発表されている目玉出演者には、小山田圭吾(コーネリアス)や今般の件で彼を擁護した仲間が含まれている。さてフジロック主催者はどう判断するのだろうか。後期中齢者であり初老にさしかかっている私たち夫婦は、今年はさすがにもとより参加するつもりはなかったが、ことこの対応いかんでは、今後も行くことはないかもしれない。なんともウンザリたまりかねる東京オリンピック開幕3日前である。
「あした私は旅に出ます」
そう、特急あずさに乗ってではないけれど、またしても信濃路に旅立つのだ。そのまま7月はずっと向こうで過ごす。そうとなると「沸きたった心持ち」になるから不思議なもので、「なんだ、フジロックと一緒じゃん」などと思ったりする。梅雨が明けて身に危険を感じるほどに気温が上がり、それだけで平常心を保つのが難しいところにもってきて、「オリンピックやってんだから!こっちに来ちゃダメ!」とか指図されて、唯々諾々「はい、承知しました」と平身できるほど私は人間ができていない。「こんちくしょう、こちとら納税者のはしくれだ!『こんな迷惑を引き受けましょう』なんぞ金輪際一度たりとも口にしたこたあねえぞ!このべらぼうめ!」などと無用な喧嘩を始める前に高飛びするに限る。
植物の世話は向こう三軒両隣に託す
「棍棒」と命名したヒョロリンチョとしたサボテンがいる。上の写真、向こうの棚の左から3番目の鉢だ。小さな花器を購入したときのおまけとして庵にやって来た小さい子だった。乾燥気味の「うちの陽気」が肌に合い、すくすくと背ばかり伸びる。あまりに細っこいものだから、日によってシャンとしないこともある。そんな時は危なっかしくて割り箸をあてがう。その棍棒に、新しく子株がピュッとお目見えした。こいつがまたかわいくって、なんとも「胸キュン」なのである。心配なのはこの子たち、高飛びにあたっては水やりをどうにかしないといけない。
といって「水やりロボット」のような斬新な解決策があるわけでもなく、仮にあったとしたってそれに費やす予算までがどこかの隠し口座にあるわけでもなく、結局は同じ集合住宅に暮らす友人に頼むことにした。ふふ、これを見越して張りめぐらした深謀遠慮もあった。熊本のつれあいのご両親が6月に送ってくれた高級メロンを、この友人宅にお裾分けしてあったのだ。(つい先日に大玉スイカをお裾分けしたのはまた別の友人。そちらには違う頼み事がある。)母親の友人たちの新型コロナワクチン予約も引き受ける気持ちよくおせっかいな友人は、快く引き受けてくれた。こうして庵への出入りが確保されると防犯にもなる。そして来訪した彼女に、水やりの仕方を説明している時だ。棍棒にもうひとつ新たな子株が生えているのを発見した。ああ、この子たちに耽溺する。少しだけオリンピックをめぐるウンザリから解放される。
ゲリラ豪雨後の冷ややかな空気は虹の彼方へ
ありゃあ凄い雷雨だった。今から9日前の7月11日日曜日のバイト中の午後4時くらいのことだった。雷が少しずつ近づいてくる様子が如実にわかる。なんだかただ事じゃないのがカーテンがかけられた窓のこちらからもわかる。音が少しずつ近づく。突然バラバラと落ちてくる雨がビルの壁をたたく。雷雲が真上にいたかと思われる時の「ドンガラガッシャン!」という身体に響くあの雷鳴には部屋にいる誰もが肩をビクッと震わせた。例によって中学生の国語テストを採点していたのだが、干したままの洗濯物が気になって集中力が散漫になる。スマホは業務中ロッカーにしまっているから確認のしようがない。結局はつれあいが間一髪で帰りついて取り込んでくれていた。
降り始めて40分ほどになるが雨はやまなかった。バイトを終えてエントランスから外に出てビルの庇で上空を見上げる。いくらか雨足は弱くなったが、目の前の大通りに濁流のような水が流れている。上がるまでには今少し時間がかかるだろう。意を決してすぐ近くの八丁堀駅に駆け込んだ。直接に帰宅してしまうと雨はまだ降っていそうだ。時間稼ぎとばかり地下鉄を乗り継ぎ遠回りする。東京メトロ日比谷線で銀座駅、そこから銀座線に乗り換えて三越前駅に向かう。そこで半蔵門線に乗り換え清澄白河駅へ。15分から20分は余分に地下鉄構内にいられるだろう。この日は東京四回目の「緊急事態宣言」の前日、つまり「まん延防止等重点措置」の最終日だったのだが、地下鉄銀座駅構内はおののくほどに人がいた。
帰宅後、夕立が上がった後の爽やかに冷ややかな夕暮れを味わっておこうとつれあいと木場公園にウォーキングに出る。あにはからんや虹が出ていた。これまでの経験上、ゲリラ豪雨が襲来すると東京の梅雨明けは近い。そうなるとおいそれと外に出られない季節がやって来る。気候が変動しているところにもってきて、東京湾から渡ってくる海風を建てこみすぎたビルが通さない。なのにまだまだたくさん建てている。オリンピックが強行される今夏に限らず、もはやヒトは東京で夏をやり過ごせない。ぼちぼち友人たちもシェルター散種荘を目指し始めている。さあ、あとひとつ寝ると散種荘。都民はどうも邪魔者でお呼びでないようだから高飛びしよう。ああ、もうすぐ隠居の身。そして東京オリンピックはボイコットする。