隠居たるもの、親愛の情をしみじみ抱く。気がつくともう一年になる。この間、若い者の成り行きを見守って大変に愉しませてもらった。ベルギーとの激闘に沸いていた2018年7月6日、W杯イヤーに開催される4年に一度の母校サッカー部OB会総会の日、すべではその日から始まった。「何か手伝うことはありますか」と早目に現れた25学年下の好青年に、私は運命的にピンとくるものを感じた。
「瓢箪から駒」とはこのこと
あの直感は正しかったのかどうか。OB会の総括会のようなただの飲み会のような、そんな会を7月23日に設け、後輩と姪を呼び寄せ会わせてみる。満更でもなさそうなので、8月16日に暑気払いと称し焼肉屋に再び集まってワイワイやってみる。両方とも居合わせた、私からして4学年下のキヨシと17学年下の油屋さんの跡取りが、それこそ潤滑油となってくれて、なんだか若いふたりは満更どころでもなくなった。そこから先は、出る幕じゃない。
啓蟄(けいちつ)のころ
大地が温まり冬眠をしていた虫が穴から出てくるころのこと、今年は3月6日。いまだ隠居の身にたどり着いていない我が身が勤務する会社の裏は、おかめ桜の並木道になっている。2日にわたって降った冷たい雨も上がり、注ぐ陽光に花もほころび始め、あちらこちらで薄着の人が写真を撮ろうと足を止めていた。ふたりは「報告することがある」といって、その日の晩に我が庵に来ることになっていた。
「結婚します」
そうだろうと思っていた。「これからは親戚になるのだから、先輩後輩の堅苦しさが残ってはいけない。今後は私のことは『オジキ』と呼びなさい」と提言したところ、「できません」とあっさり拒否しやがる。まったく若いもんは…。しかしながら幸せな心持ちだった。
オジキ 証人になる
「オジキ、お願いします。」
4月15日、若い者たちが連れだってまたやって来て、婚姻届の証人になってくれろという。手違いがあるといけないからともう1枚予備を持参しているあたり、用意周到で頼もしい。
「酔っ払う前に書いてください。」
オジキのハンドリングも心得てきたようだ。私たち夫婦で証人になった。
「6月の披露宴でスピーチもお願いできないですか、オジキ」
頼みごとの時だけ「オジキ」とニヤッとして呼びかけるその状況判断も巧みだ。
オジキは「You’ll Never Walk Alone」と口ずさむ
6月2日、ヨーロッパチャンピオンズリーグでリバプールが14年ぶり6度目の優勝を果たした。この日もスタジアムに響きわたった「You’ll Never Walk Alone」。サッカー界で最も有名な応援歌で、特にリバプールのサポーターが歌うそれは、ピンクフロイドの「Fearless」にもサンプリングされているほどに代表的で象徴的だ。同日、私はふたりの披露宴でスピーチをする。
「この場にいる多くの人に祝福され結婚する君たちが、これからゲームに臨もうとピッチに立つプレイヤーだとするならば、ここで祝福している私たちは『You’ll Never Walk Alone』を声の限りに歌うサポーターに他ならない。君たちに幸多かれと心から願ってやまない。」
そして、小さんの「うどん屋」に泪ぐむ
5代目 柳家小さんは「うどん屋」が十八番だった。夜鳴きうどんの屋台をめぐる噺で、うどん屋さんにからむ酔っぱらいの滑稽さが肝。この酔っぱらいは、身内のように接してきた幼い頃から知る娘の祝言の晩に、「あのちいちゃかったみい坊がよぉ…」とうどん屋さんにからむ。小さんの「うどん屋」は格別で、おじさんがどれだけ幸せで嬉しい心持ちか、「そりゃ気持ちよく飲んじゃうのも仕方ねえよな」と、しみじみどろこではないくらいにしみじみ感じさせる。そのことが、わかるようになった。
ああ、もうすぐ隠居の身。どこでおぼえたんだか、「ただ時が過ぎてゆくだけ…」なんてほおづえついて、ませたマネしてたあの小娘がよぉ…。