隠居たるもの、若気の至りを懐かしむ。この前の省察で、若い友人を頼って「パソコン環境を整理一新している最中」なんてことをお伝えしたかと思う。「手伝ってくれたギャラだから」と近所の森下の名酒場「山利喜」に彼を誘って奢らせていただいた。もちろん話は千々に広がる。彼に聞いてみた。
「そういえば、今いくつなの?」「37になります。」
人が避けて通るほどの金髪
今から18年前、37歳だったあの特別な冬のことを想い出す。私は無職で、3回もブリーチをかけた滅多にはお目にかかれないほどの、それはそれは見事な金髪だった。
大学を出てから、父親が営んでいた町工場を引き継ぎ、バブルが崩壊してからもやっとこさっとこ綱を渡っていた。なのに2001年10月10日、お得意が不渡手形をつかませて手を上げちまうものだから、ニッチもサッチもいかなくなった。義理を欠くのは性分から外れる。開き直ることなくこちとらは納入業者すべてに支払いを済ませ、従業員の身の振り方を見届けて12月25日に工場を畳んだ。借入れをきれいにするには、財産らしいものをすべて手放してやっとだ。とにかく住居兼工場が建つ土地を売る。それにはまず上にある箱を解体する。しかし、「えいや!」とやってはいけない。営んでいたのは強い化学薬品をふんだんに使う業種で、工場内にはまだそれがあちこちに残っていたからだ。乱暴にやると深刻な土壌汚染を引き起こし、そのために売却価格が著しく低くなる。カッコがつくまで解体作業を監視する他ない。その間、自身の就職活動には移れない。何ヶ月になろうか、有職者どころか求職者ですらない。すると閃いた。「あれ?やってみるなら、一生のうちでこのタイミングしかないじゃないか。気分も塞がなくていいやな」と。そして12月27日、青砥のヤスの美容院で3時間かけて、目に痛いほどの金髪に変身したのである。
「EXILEが来た」
年明けて、いつものように宇都宮の義兄のもとに年始の挨拶にうかがう。ついこの間、今や一児の母となった姪と歓談していたら、ひょんなことでその時の話になった。当時、姪は小学校高学年、玄関口に現れた私を見て「EXILEが来た!」とハッとしたそうだ。それを聞いて、つれあいを含めて3人で涙を流して笑った。だけれども、地方の少女がかようにインパクトを受けるほどに「金髪」だったのだ。
暖かくなり、解体作業は峠を越える。もともと少なかった貯えも風前の灯。髪も伸び、地の黒が目立ってくる。春から勤めに出られるよう就職活動を始めた。ネット求職が主流になるのはまだまだ先で、「35を過ぎたら転職はできない」と言われ始めた不景気のどん底。電話や郵便で問い合わせただけで断られ続ける。友人の伝手でやっとのこと面接をひとつセッティングしてもらった。予定通り金髪はバッサリ落とす。ちょっと長めのお洒落ボウズというところに落ち着くはずだった…。
熱狂的な阪神タイガースファンがごとく
それがだ…。黄色と黒がマダラな狂信的な阪神タイガースファンがごとき滑稽な頭なのである。血の気が引く。焦って「とにかく黄色がなくなるまで刈ってくれ!」とボウズの深みにはまる。熱狂にとらわれ見境なくギャンブルで張り続けているのと変わりない。結果、五分刈りでなんとか止まってくれた。関節技の鬼、藤原喜明そっくりになってしまった。今になると思う、「なぜ誰も気がつかなかったのか」と。適当なところでやめて黒く染めるという選択肢があっただろうに…。
ずっと工場仕事をしていたもので、ビジネススーツなんか持っていない。それを新調するに際しても五分刈りが支障をきたす。量販店に出向き、手頃な価格のものを試着してみたところ、少しゆったりした作りと五分刈りのせいですっかりその筋の人に見えてしまう。菅 義偉官房長官の公式発言によって反社会的勢力の定義が消失した現在ならいざ知らず…。結局、ユナイテッド・アローズでピチッと細いやつを誂える羽目になる。「なんかポリシーがあってその髪形なのね」と見えなくもない。軽い財布に重い負担がかかる。あの数ヶ月のことは今でもくっきりと目に浮かぶ。
そう、あれから18年
2回面接してもらい、すがるように「働かせてくれ」と頼み込んで2002年4月に入社、今に至る。面接してくれた人が今も上司だ。いまだ隠居にたどり着いていない我が身、入社時に渡した写真が現在も社員証に使われていて、会社に「入れ替えてほしい」と何度リクエストしても却下される。だから、社員証は今も藤原組長のままだ。
ド金髪だったのは3ヶ月にも満たない間だったから、その様子を目にした友人も実はそんなには多くない。その中のひとりに、頭髪が少し心許ない友人がいた。彼は「毛根を酷使したらいかんよ」と真剣に私をたしなめた。その彼は、悲しいことに昨年の6月に逝った。友人たちに「白髪ないよね」と羨ましがられた私の頭にも、ボチボチ白いものが目立つようになってきた。37歳だという友人と酒を酌み交わし、そんなこんなに想いが巡る。
金髪にしている若い子を見ると、ついつい「気合入ってるじゃねえか」とか「もっと根性入れろよ」とか思ってしまう。ああ、もうすぐ隠居の身。なぜなら、18年前で37歳の冬、私は激しく金髪だったからだ。