隠居たるもの、職人の手捌きに目をみはる。日本列島が熱波に包まれて久しい2025年7月29日、ここ白馬でも最高気温は33℃に迫ろうかという勢いだ。しかし熱を蓄積するコンクリートや鉄に囲まれていない山の中、陽も刺さず風の抜けるところに身を置けば充分にやり過ごせはする。とはいえ住宅関係の工事をする方々ともなればそうはいかない。標高が高い分、陽光の力はギラリと強く、影のない庭で働く職人さんたちの安否が気遣われるばかり。そう、散種荘の庭で今まさしく工事が行われている。なんの工事かというと、一部ひしゃげて沈んだウッドデッキの修繕工事だ。何故にひしゃげたのかというと、溜まりに溜まり氷結した屋根雪がドンと落下しその衝撃をモロに受けたからである。では冬に起因する修繕工事がなんでこの盛夏に行われているのかというと、屋根やウッドデッキの修繕工事依頼があまりにも多くそうそうに手が回らなかったからと思われる。材料がそろい、職人さんの手も空き、ようやくのこと順番が回ってきた、とまあそういうわけだ。

歴史的降雪のはてに
屋根の一部金具とウッドデッキの損傷に気づいたのは、屋根を覆っていた雪がおおむね落ち、ウッドデッキも姿を現した、雪解けが始まる3月半ばのことだった。まず屋根の部材を固定していたと思われる金具がチョンマゲのように跳ねてはじけていることに気がついた。あまりに大量な屋根雪落下に巻き込まれネジが飛んだのだろう。そればかりかよく見ると、その金具が固定していたと思しき屋根の部材もあるべき角度からしてずいぶんとずれている。「こりゃあ一大事」と施工した住宅メーカーに連絡した矢先、ウッドデッキの端が不自然に沈んでいることをあらためて感知する。ずうっと雪に埋もれていたからわからなかったものの、おそらくまだ積雪量が少ない1月に、大雪にともなう屋根雪落下の結果ひしゃげたのだと推察した。


「え?損傷したのはいつかって?そんなことわかりゃしませんよ。ずうっと雪に埋まってたんだから。え?雪が完全に解けるまでは見積もりを作るための調査ができない?そりゃあそうですな。しかし保険が利くのかどうか早々に確かめなくてはならないんでね、できるだけ早くお願いします」と住宅メーカーに伝えたのが3月半ば。雪が解けてウッドデッキの全体像があらわになったのが4月半ば。ひしゃげただけではなくバッキリと割れていた。またウッドデッキだけでなく、庭の通路に敷いていたコンクリートタイルも12枚のうち4枚が直線的にスパッと割れていた。屋根雪の衝撃恐るべし。そんなこんなでようやく見積書が届いたのと「え?損傷したのはいつかって?そんなことわかりゃしませんよ。ずうっと雪に埋まってたんだから。とにかく写真と見積書を送りますから、査定よろしくお願いします」と損害保険代理店に連絡したのが5月半ば。「雪害による保険適用」との査定はすぐ下り、住宅メーカーに正式に修繕依頼をかける。保険金が振り込まれたのは6月上旬。足場をかけて屋根の修繕工事がなされたのが7月上旬。そして7月も終わろうかというこの日、やっとのことウッドデッキの順番が回ってきたのである。

標高2,000mには今も雪が残る
7月24日のこと、天気予報は前後しばらく晴れ続き、山に上がればいくらかなりとも涼しくなるかと思い八方池まで登って来た。標高1,830mの八方池山荘でリフトを降りるとさすがに空気が冷たい。少し登って1,900mを超えたらあたりはうっすらかかる雲の中、ギラリと陽に直射されることもなくまずまず快適。そこかしこに今も雪が残り、漂う冷気が汗を乾かす。6月半ばからすでに暑くなり始め、過酷なままに7月も末、なのにトンボ飛び交う標高2,000mあたりでいまだこれだけ雪が残っていることに驚くばかり。昨冬の降雪がどれほどのものであったか、あらためて思い知る。

「どこの保険会社を使ってるんですか?」とは「全額保険適用となったから正式に修繕を依頼する」と伝達した際の住宅メーカー担当者の弁。度重なる水害と今般の雪害、膨大な申請を前に損害保険会社の査定がなかなか進まず、その上に査定自体がからくなってなかなか「OK」が出ないんだそうだ(災害大国となったこの国で「はいそうですか」とホイホイ保険金出してたら財務状況に影響を及ぼし倒産の可能性すら生じることは理解する。だからこそ、大手顧客に対して忖度していた保険会社側の姿勢も含め、2年前に世間を騒がせたビックモーター不正請求事件は断じて許されないのである)。原因事故発生日が定かでない今回の申請に際して私は、1月や2月に撮影した家自体が雪にすっぽり包まれている写真と、屋根雪がごっそり落ちたときの様子を残した写真を何枚か、参考資料として添付した。つまり「これだけ雪が降ったのだから原因となった落雪がいつとは特定できないし、またこれだけの雪が屋根にのっていて一気に落ちるのだからそのときの衝撃たるや容易に想定できる」ことの裏づけのためにである。それが功を奏したのかはあずかり知らないが、問い合わせなど調査の連絡もなくすんなり「保険適用」の判断が下った。そのことばかりは事実である。

「うん、全滅だもんなこの冬」
うちの場合、少しの部材の交換とちょっとした補強で済む工事ではあるのだが、その箇所がいかんせん屋根だったりすると足場を組まなくてはならず、修繕費用がその分かさむ。保険が適用されなかったらと想像するだにゾッとする。近所には屋根が壊れたまま放置された別荘がいくつもあって、ひさしの部分が全体にわたってバッキリ折れた家もある。あの家の2mを超えた屋根雪が一気に落ちたときは道路まで塞いで大ごとになった。向かいで暮らす人が「大変なことになってる」と持ち主に連絡したところ、「保険の請求に使うから今すぐ写真を撮って!」と頼まれたそうだ。いまだ修繕はなされていないが…。

「あちこちの屋根が壊れたままなんだけどなかなか手が回らなくて、保険の査定も全然進まないし…」馴染みの地元工務店社長がそうぼやいていた。そしてウッドデッキとはいうけれど、うちのウッドデッキは木材ではなくて樹脂製だ。本物の木材の風合いは捨てがたいものの、雪に埋まる冬のことを考えて腐らず耐久性に優れた樹脂製材を選択したのだ。近年の樹脂製人工木の質感は決してバカにできないことなどにも触れつつ社長は、「それ正解。端っこの一枚で済んだんだから施工も間違いなくしっかりしていたんだろうし。こだわって木材を使ってセルフビルドしたお宅のウッドデッキなんてね、うん、全滅だもんなこの冬」などと恐ろしいことを言う。

夏の盛りにようやく冬の後始末が終わる
この時期まで修繕工事の順番が回ってこなかったのはなにも保険ばかりが原因ではなかろう。より本質的な問題は人手、働き手がいないことにある。ウッドデッキ修繕にやってきたのは外国人の小太りの夫婦だった。旦那さんとは日本語でやり取りしたが、奥さんは片言だけのようだった。適度に休憩をはさみながら、二人で力を合わせて破損箇所をみるみる解体し、強度を高めて落雪の衝撃に耐えられるよう新たに支柱を一本増設し、調達してきた部材で元通りに組み立て直す。彼らがどこの国からやって来たのかは聞かなかったし聞く必要もないだろう。また聞いたところでどうするんだ?「惜しい、今やあなたたちはこの国においてはセカンド、いやサードだ!」とでも伝えるのか?汗まみれで3時間半かけてうちのウッドデッキを修繕してくれた頼もしい働き者の夫婦、ただそれだけで充分だ。最後に助っ人が加わって長い部材を嵌め込んで万事が完了。「ご苦労さま、ありがとう」とアイスキャンディーをあげたら、奥さんはにっこりと微笑んだ。これで姪孫たちが遊びに来ても安心だ。ああ、もうすぐ隠居の身。夏の盛りにようやく冬の後始末が終わった。
