隠居たるもの、しげしげ眺めて悦に入る。残してあるこれまでのタイムテーブル冊子を並べてみた。2019年7月26日、金曜日1日だけ、今年もフジロックに行ってきた。今回で第23回の開催で、初回から数えれば21回目の参加となる。つれあいだって私より1回少ないだけの20回目。いやはや、懲りずに通ったものだ。
あ、「フジロックとともに」だったんだ
台風に直撃された悲惨な富士山麓1997年の第1回、そのひと月ほど前に私たちは知り合い、今は市場になった東京豊洲の空き地で開催された第2回、その年から生活を共にし二人で出向くようになった。苗場に移ったばかりの第3回と第4回は行くことができず、地団駄踏むような悔しさからその後はずうっと苗場に足を運んでいる。考えてみれば、フジロックと私たちの「歴史」はオーバーラップする。開催直前の数日はもう浮ついてしまって上の空、木曜日は関係ない友人たちを巻き込んで、現地ではなく深川で勝手に「前夜祭」までしていた。
「紅白歌合戦」みたい。
言い得て妙である。友人がそう言った。「この1年間、いろんなことを耐えてきて、やっとのことでフジロックにたどり着いた!そんな感じなんだよ、そういうもんなんだ」とニヤつきを抑えられず述懐したときのことだ。かつての「紅白歌合戦」が、その年の仕事を終えて、来し方にゆっくり思いを至すお正月前の「暦」として機能していたことを思えば、私にとってフジロックはまさしく毎年そこを目指し、そしてリセットされる「暦」上の結節点なのである。
「みんなロックンロール好きか?」
「ロックンロールが大好きで、普段からロックンロールな生活をしていると、オレみたいなヤツ全然いないんじゃないかって不安になる時があるけど、昨日ここに来て、いろんなステージ見て、ここにはオレみたいなヤツが何万人もいるって知って嬉しくなった。死ぬまでロックンロールでいようなー!死んだら終わっちゃうのかな…。死んでたまるかー!!」2002年グリーンステージ、ザ・ハイロウズ「日曜日の使者」前の甲本ヒロトのMC。ほんのちょっと年上のこの人は、やっぱり天才だ。今でも蘇る。そこにいた2万人くらい、みんな泣いた。そういうことなのだ。
もちろん「時代は変わる」
トム・ヨークが紡ぐ音に耽溺した今年、ケンドリック・ラマーのカリスマ性に驚嘆した去年、それまでのレッチリ、MBV、レイジ、マッシヴ・アタック、モグワイ、井上陽水、コーネリアス…、素晴らしかったステージをひとつひとつ挙げたらキリがない。20年を超えてるんだもの、色々と様変わりもしている。2日間から3日間へ、ステージが増えたり減ったり、親と連れだつ子供フジロッカーが増えたり、インバウンドでここ数年は中国語を話すオーディエンスが激増しチケットが完売したり、一方で昨年からYouTubeで生配信されたり、等々…。私たちも寄る年波から3日間全部参加することをやめた。今回だって1日の参加で合計15キロも歩き、8バンド観たうち7バンドはスタンド、シャトルバスに乗るのに立ったまま2時間並んで…。
深川に戻った土曜日の夜、近所でありながら日程がフジロックと重なってなかなか見物することのなかった隅田川花火大会を、お招きいただいたお宅から久しぶりに堪能した。辞して部屋に戻り、雨が落ちる山の匂いとか現場を知るからこその臨場感をもってして、YouTubeのフジロック生配信を大画面で見る。これもこれで悪くない。
死んじゃった人も含めて、フジロックで観たかった人って誰で、聴きたかった曲ってなんだろう。私にとって、それはボブ・マーリーで、それも「ラスタマン・バイブレーション」なんだ。生きていてくれて、60歳くらいの時に出演してくれていたらね。ああ、もうすぐ隠居の身。死ぬまでロックンロールでいような。
今年観た8アクト:KING GIZZARD & THE LIZARD WIZARD, OAU(OVERGROUND ACOUSTIC UNDERGROUND). GARY CLARK JR., TORO Y MOI, ELLEGARDEN, MITSUKI, THE CHEMICAL BROTHERS, THOM YORKE TOMORROW’S MODERN BOXES