隠居たるもの、訪客をいまかと待ち侘びる。今回の白馬滞在は10月27日から11月3日、その間にお客さんがとっかえひっかえやってきた。きれいどころと紅葉ドライブに出かけ、そのまま目的地の松本で別れたのが2021年10月29日のこと。ひと晩だけ夫婦ふたりでゆっくりして、翌30日から一泊二日でメロン坊や御一行を迎え入れる。3週間前にともに熊本に出向いているから、なんというか「飢餓感」のようなものはないものの、かわいい盛りのメロン坊やとじっくり過ごせるかと思うと、自ずと頬は緩む。なのに到着時間が遅れている。途中に立ち寄った岩岳マウンテンハーバーからメロン坊やが下りようとしないのだという。ようやくのこと散種荘に到着した折りにはあにはからんやむっつり気味、「眠気」によって機嫌の大波がやってくる移り気なメロン坊やなのであった。
散種荘のメロン坊や Part.2
メロン坊や御一行が散種荘にやってくるのはおよそ11ヶ月ぶり。前回のメロン坊やはようやく二足歩行が様になり始めた頃合いだったが、2歳1ヶ月と3週間の今回は、機会をみて走り回りもすれば、ときおり論理的なおしゃべりもするようにもなった。両親に話を聞けば、このところそろって仕事がとんでもなく忙しく、すでに終えた訪熊とこの白馬行が、彼らにとって抜き差しならなく重要な「解放」だったそうだ。とりわけ「仕事もそろそろ一段落」というタイミングで設定できたこの旅行が「とにかく白馬が待ってるからがんばろう」に発展、「精神的拠り所」になっていたという。おりしも、彼らが到着する10月30日を目指したかのように紅葉は日一日と彩りを深くした。長野駅まで新幹線、そこからレンタカーを借りてメロン坊やをチャイルドシートに乗せ、道中で色づいた山々に晴々と感動し、岩岳マウンテンハーバーに立ち寄り、山の上で「おさる」になったメロン坊やを山から下ろすのに手こずり、そして遅れて到着したというわけだ。親族なのだからして気にすることはない。ずっと忙しかったというのだから、まあここは昼からビールなんぞを酌み交わし、遊び疲れて眠くそれでもってむっつりしているメロン坊やとしばらく一緒に昼寝をしたらいい。
2歳のメロン坊やは野生児なのだ
著しく興味を示す対象は、乗り物(おもちゃを含む。荷台部分が店舗の移動販売車ミニカーが今現在のお気に入りで「いどうはんばいしゃ!」と何度も大叔父に教えてくれた)、落ち葉、ドングリ、松ぼっこり(松ぼっくりのこと。まだ正しく発語できない。しかし、少し前の「松ごっこり」からすればかなり近くなった)木切れ、落ちている石。こんな2歳児だ。新幹線とレンタカーに乗って白馬にやってきて、想像どおり案の定、やっぱり楽しそうである。姪孫(てっそん)たちが走り回れるようにと造園した庭で落ち葉を手にしてグルグル走り回り、裏の平川の河原に連れていけば流れついた木切の採集に励み、そこらに転がるドングリや松ぼっくりを集めてポケットをいっぱいにし、その上に写真撮影にまで挑もうという貪欲さだ。私を被写体にした「河原で我を待つ大叔父」という傑作もものにした。2歳の記憶が将来に鮮明に残ることもなかろうし、興味の対象はそのうち昆虫に移るかもしれないし、いつしかスポーツに夢中になることもあるだろう。しかしそれがどうした、私たちは今、この子の「人となり」を育てている最中なのだ。
メロン坊やにつられて母親も青木湖畔を走り回る
31日、御一行は開催中の北アルプス国際芸術祭作品をいくつか鑑賞しながら長野駅に戻ることにした。先に乗り込んだメロン坊やがチャイルドシートから「おおおじ〜、いくよー!」と呼んでいる。私たちも同乗し、まずは散種荘から車で15分ほどの青木湖に向かう。仁科三湖の残りふたつを訪れたのはたった2日前だったが、山の色がまるで違う。正直な話、山をかたどった作品にさほど感動することはなかったものの、湖の景色に息をのむ。メロン坊やは広々とした屋外に身を置いたチャンスを逃さず寸暇を惜しんで走り回る。つられて姪もなぜか走りだす。息子と鬼ごっこをしているようには見えないから「どうした?」と質したところ、「なんか走りたい衝動に駆られた」とにこやかに答える。さもあらん、そんな景色だった。「まだまだ可愛いじゃあないか」と思わず笑ってしまう。考えてみれば子供の頃から見てきた姪も、サッカー部のずっと後輩であるその旦那も、私からすればやはりみんなして可愛いのであった。
メロン坊やが唐突に「葉っぱショップ Melon」を開店する
御一行の作品鑑賞の目玉は、信濃大町 鷹狩山山頂にある「目」だという。5月のプレイベントで既に見ているが、紅葉シーズンにもう一度見ようと考えていたから当然に同行する。山頂で地元のおじさんが「今年は暑いのが続いたせいで紅葉するまえに枯れ始めてたし、もうダメかなと思ってたけどね、今日ようやくよくなったね」と語っているのが聞こえてきた。あらためて素晴らしい「作品」となっていた。
「いらっしゃいませ!」メロン坊やが唐突に店員さんになる、いやオーナー店主かもしれない。「目」から下りて第二駐車場に向かう道すがらのことだ。順路を間違えて少し遠回りしてしまったので大人たちは急いでいた。そんな時、母親と右手をつないで歩いていた姪孫は、路肩をうずめる大きな朴の木の落ち葉に足を滑らせて思わず左手をつく。そして彼は気づく。大好きな落ち葉が、しかもとんでもなく大きなやつが、あふれるほどにあたりを埋め尽くしているではないか。「これは商売になる」と思ったのだろう。「葉っぱショップ Melon」の開店である。「この穴の葉っぱをどうぞ」と1枚を手にして母親に勧めている。聞き耳を立てると「こんなところに穴が空いているこんな大きな葉っぱはそうそう滅多にお目にかかれません。この希少な品を、この機会にぜひ購入されてはいかがか」とプレゼンしているのだ。恐るべし、メロン坊や。しかし先を急ぐ、父親がやむなく身体ごと抱きかかえてレンタカーに運んでいった。
大糸線2両編成鈍行列車の車窓から
信濃大町市街でともに昼食をとってから私たちは別れた。遊び疲れたメロン坊やはまた眠くなっていて、いささかむっつりしていた。私とつれあいは、市街の芸術祭作品をいくつか鑑賞し、信濃大町駅から白馬まで42分、大糸線南小谷行き鈍行列車の乗客となった。ワンマン運行でいくつもの無人駅を経過して、紅葉の仁科三湖(木崎湖・中綱湖・青木湖)をゆっくり堪能しながらもと来た道を帰ってゆく。ああ、もうすぐ隠居の身。それは乙な夕暮れ時だった。