隠居たるもの、おニューのブーツにご満悦。2025年10月29日水曜日の午後、神保町のBURTONで3日前の日曜日に買い求めていたニューモデルのスノーボードブーツとビンディングが白馬に届いた。白馬に散種荘を構えてからというもの、それまでとは比較にならないほどの頻度で日常的にスキー場に繰り出すものだから、やはりそれまでとは比較にならないほどのペースでブーツはへたり、昨シーズンの途中には、まだ4シーズン目だというのにかかとのホールドが著しく怪しくなっていた。なのでその冬の「最新モデル」がシーズン終わりがけ30%オフのセールで売り出されるのを見計らって新調しようかと考え、あれは2月も後半だったろうか、五竜スキー場内にあるBURTONショップで鼻にピアスをした若い店員を相手に探りを入れてみた。すると彼女は「この期に及んでブーツを買おうというなら、来シーズンまで待った方がいいですよ。一新されてダイヤルが3つのモデルも出るんです」とこっそり教えてくれた。その一新されたモデルがやっとこさっとこ届いたのであった。

華やかなカラーリングのトップモデル
BURTONというのは、今は亡きジェイク・バートンという人がほぼ半世紀前にバーモントで設立した、スノーボードおよびその周辺ギアの「元祖」的メーカーである。「自由」を謳歌すべく雪に乗るそのポリシーに共感するところもあり、他のメーカーにまで手を伸ばしていろいろ調べるのもそのうち面倒にもなり、結局はいつだってBURTONで買い替えるようになってからもう20年にもなろうか。昨シーズンの後半に鼻ピアスの彼女が言った通り、夏の盛りにBURTONは新しいシーズンに向けて一新されたスノーボードブーツのラインナップを発表した。これまでと違って、柔らかめのものと硬めのものがそれぞれのモデルに用意されている。

飛んだり跳ねたりクルクル回ったりする者は足首の自由が効く柔らかめの方がいい。しかし、身体の微妙な傾きなどをレスポンスよくボードに伝え安定的に斜面を滑降したい私のような者にはそもそも硬めのブーツが適している。その上にもはや体力が有り余っているわけでもない初老の身、脛、足首、甲の三箇所のホールド強度を三つのダイヤルでそれぞれに調節でき、より楽に体重移動を伝えられるトップモデルこそが魅力的。大袈裟に言えば命にも関わることだから、思い切ってこの際、トップモデルのカラーリングが華やかな方を選び買い求めることを決心した。しかし「さてそろそろ発注しようか」という段になってみると、そう簡単にことは運ばなかったのである。

神保町のBURTONショップはインバウンドさんでごった返す
BURTONのオンラインショップで検索するに、よほど大きなサイズでないとまず在庫がない。「シーズンまでまだ間はあるからそのうち入荷してくるだろう」とタカを括りときたまHPをのぞいて様子を見ていたが、一向に在庫が充実する兆しがない。不安になってきたので神保町のBURTONショップについでの平日に立ち寄ってみると、たった一人の客である私に店員が「う〜ん、ハイショット X Pro Step On® の白の方は入ってくるなりあっという間に売れてしまうんです」とのたまう。「ウィンタースポーツ人口が著しく減ったこの国で、物価高と円安がこんがらがってここまで高価になったギアがどうしてそんなに売れるのか?」と尋ねてみると、「う〜ん、それでも彼らにとっては安いんでしょうね、外国の人とりわけてもチャイニーズあたりが、入荷するなり北海道とかを送り先にして買っていきます」との返答。なるほど、そういうことだったのか、さもありなん、だ。今となってはこのブーツを買いそうな人はこの国にそうそういないだろうから、店からしたらいいお客さんである。「明日入荷予定の中に25.5㎝が2足あって、そのうちの一足はすでに予約が入っているんですけど、どうします?」と調べてくれたので早速に予約した。あらためてフィッティングに訪れた日曜日、数ヶ国語あふれる店内はお客さんでごった返していた。

紅葉を満喫するさなかに、新調したスノーボードブーツが届く
新調したスノーボードブーツとそれに合わせて買い足したビンディングが冬へといざなう。しかしその前に私たち夫婦にはやっておきたいことがあった。しつこく続く暑さに辟易し、8月と9月、私たちは山に登ることを敬遠していた。文化の日がからむ11月初旬の三連休を最後に、白馬はグリーンシーズンを終える。メンテナンスのためリフトの運行も休止、村全体でひっそり「阿鼻叫喚」の冬に向けた準備と休息に入る。この秋、いつになく白馬の紅葉の色づきがいいと聞く。だからこの10月のうちに何度か標高2,000mあたりまで登っておきたいと思っていたのである。

「紅葉、はじめました」
まずは好天に恵まれた10月2日、そそくさと裏山である八方尾根を八方池まで登ってみた。深い緑も残っていてなんとも色鮮やかで美しい。最高気温が30℃に近づく東京を尻目に、過酷で長かった夏が終わったと思いきや10月に入り急激に冷えたからだろうか、色づき始めた紅葉が確かに美しい。

栂池自然園で同級生夫婦にバッタリ出会す
お次は10月17日の栂池自然園、綺麗に晴れ渡った絶好の紅葉狩り日和。「今年の白馬の紅葉はきれい」という中でも栂池自然園は特に美しいとの評判。色とりどりの葉の中に白樺の白い幹がより映える。白馬大雪渓を臨む最深部までトレッキングして帰ってきて3時間と少し、下りのロープウェイに乗る前にカレーライスでも食べて腹ごしらえをしておこうと栂池山荘に立ち寄ると、つれあいが「そこにMくんに似ている人がいた」と言う。

後ろから見てテトラポットのような首筋が確かに似ている。間違いない。前に回ってみると正真正銘、中学高校の同級生がアイスクリームをなめていた。還暦を過ぎてそれぞれ一線を退くと思いもよらないところで出会したりする。感動とまではいかないが、なんとも嬉しい心持ち。彼に気づいたのが私でなくつれあいというのも偶然の妙。それぞれのパートナーを交えてほんの少し「ああだこうだ」と話をしただけなのだが、なんだかそれだけで充分に「よき日」だ。

雲の上には氷の世界
トドメを刺したのはスノーボードブーツが届いた翌日の10月30日。標高1,600mから1,800mにかかっていた雲を八方尾根のアルペンクワッドリフトで一気に突っ切ると、そこから先はハッとするほどのピーカンで、白馬三山がこの上なく神々しい。白馬の山々が初冠雪したのは27日、標高1,800mより上には雪が積もり始め、「相応の装備がなければ危険」とのアナウンスがありどうしたものか考えたのだが、「命あっての物種、『これは難しい』と思ったらすぐに引き返して下りることとしよう」と夫婦で誓い、まずは山に上がってみることにしたのであった。紅葉で真っ赤に染まった山々を眼下に眺め「思いきって登ってきてよかった」と夫婦そろってとりあえずはご満悦。

無謀にも普通のスニーカーで上がってきて立ち往生して滞りを作る観光客が国内もインバウンドも関係なく散見され、その影響でペースが全体的にゆっくりだったのが私たちには幸いし、アイゼンなしで四苦八苦しつつもなんとか登って下りてこれた。常に雪が目に入るからか、私はその間「窓の外にはりんご売り」、井上陽水の「氷の世界」をずっと口ずさんでいた。

上の八方池の写真をよーく見ると、目標地点に到達しリアム・ギャラガーばりにふてぶてしいポーズを決めたつれあいがど真ん中に屹立している。あたかも「Live Forever」でも歌い出しそうな構えだが、彼女のレパートリーに東京ドームで熱狂の再結成ツアーを終えたばかりのoasisはない。とにかくこれにて今年のトレッキングは心置きなくフィニッシュ、あとはスキー場のオープンを待つだけだ。

山はすっかり雪化粧
雨が降ったりやんだりして冷え込んだ三連休も終わり、この日からひっそり準備と休息の期間に入った白馬の11月4日、数日ぶりの快晴となった。もちろん雲に隠れて見えていなかったのだけれど、当然のことこの間に降った雨、山の上では雪のはず。起きてすぐ様子をうかがい外に出て、声にならない声を漏らして感嘆する。キンと冷えた空気に包まれ朝日を浴びた山は一面の雪化粧、この上なく美しい。そういえばつれあいもこの三連休に、新調すべく予約してあったスノーウェアを受け取っていたのだった。ああ、もうすぐ隠居の身。我が世の秋を謳歌する紅葉が散ったらもう冬だ。