隠居たるもの、悠揚迫らぬテンポで日を暮らす。とりわけても休日の朝なぞは、ゆったりと心地よいリズムで時間が進むものだ。周囲も合わせて“お休み”モードとなる日曜日ともなるとなおさらである。目覚ましもかけず、これ以上は寝ていられないというタイミングで起き出すと、大体は8時半くらい。まずは紅茶を淹れて、朝食の準備をしながらおもむろにテレビをつけEテレにチャンネルを合わせる。「365日の献立日記」から「日曜美術館」へ、休日の遅い朝は大体はこうして始まる。

「光の絵画」

沢村貞子さんが26年半も記した献立日記を映像にする5分のミニ番組で食欲を喚起し、食卓のBGMとしてそのまま「日曜美術館」を流す。興味津々となるときもあれば、それこそBGMでしかなくて食事を終えて早々に洗濯に取りかかるときもある。2週間前の11月27日に放送された「光の絵画 ハンセン病療養所 絵画クラブ『金陽会』」は興味津々を超えて、居住まいを正すほどに素晴らしい回であった。熊本の国立療養所(と名乗る隔離施設)菊池恵楓園(けいふうえん)の絵画クラブの特集である。そのメンバーで、長年にわたり世話人をされていた90歳の吉山安彦さんも出演されていた。

ナビゲーター 小野正嗣のむせび泣き

ハンセン病を患い差別された入所者が描く作品に心が揺さぶられる。そこには激しい怒りが叩きつけられていたり、どうにもならない諦念が漂っていたり、それらを超えたからこその地平で謳われる「生の賛歌」が穏やかに描きつけられていたり。ナビゲーターは大分出身の芥川賞作家 小野正嗣さん、番組の最後にこの取材旅行を総括してコメントする最中に、彼は思わずむせび泣いてしまう。

「不条理にも何の根拠もなくその存在自体をすべて否定されて、意思に反してこの療養所に閉じ込められ絶望し、行き場のない様々な感情を絵に託しているうちに生を肯定するような表現にいたり、その素晴らしい作品によって、彼らを否定した私たちの生すらも肯定してくれる。本当に芸術にしかできないことだ。」このような趣旨のことを語っているうちに、多分は取材した方々が頭に浮かんだのだろうか、彼は感極まってしまった。信頼できる人だと思った。

大島青松園にしみついた限りない悲しみ

瀬戸内海に浮かぶ大島、瀬戸内国際芸術祭2019の会場の島でもあった。大島もハンセン病患者を「収容」していた島で、青松園(せいしょうえん)という療養所が残り、今もそこで暮らす方々がいらっしゃる。芸術祭で訪れた私たちと接することもあった。この島に展示されていた作品はすべて、ここで暮らす方々の記憶と心情を聴きとり、島の来歴も勉強した内外のアーティストが製作したもの。悲しみと諦念、収まることのない怒りと憤り、無知に根差す差別のむごさと愚かさ、それらを見事にアートに変換しながら、不当に奪われた彼ら彼女らの尊厳を蘇らせるものであった。そのことを思い起こす。

熊本地裁は、ハンセン病患者隔離政策が家族にまで差別被害を及ぼしたことを認めて国に賠償を命じた。控訴期限の12日を前にした7月9日、政府は「異例なことではあるが、控訴をしない」との方針を表明した。仮に、控訴期限が7月21日の参議院選挙後だったなら「異例」の扱いはしなかったのだろうか。沢山の人が、あれは選挙に向けた不純な動機に基づくパフォーマンスだったと見ているが、とにもかくにも、重要なのは小野正嗣さんのような心情を込めて、苦難を強いられた方々を速やかに救済することだろう。

そしてNHKにも物を申したい

私は衛星の分も含めて受信料を支払っているがゆえ、所見のひとつも述べたててよかろう。この日の「日曜美術館」のような番組に接すると、「引き落とされるのも仕方ないかな」と思う。だがしかし、私の給金から同じように天引きされた税金を元金にして、私がおごる必要もない与り知らない人たちばかりを集めて「桜を見る会」という花見が行われているらしいことが癪にさわって、そのことがどうなっているのか知りたくて仕方ないその日、ニュース番組の中でもど真ん中メインのはずの「ニュース7」のトップニュースが「沢尻エリカ 薬物で逮捕」だったとき、何度目かなんてとっくのとうに忘れたものの、私はまたしても「払いたくない」と心底から思ったのだ。

そうだ、NHKの他の番組のコーナー名で適当なのがあった。「ストップ詐欺被害、私はダマされない」ああ、もうすぐ隠居の身。そういうことさ。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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