隠居たるもの、新たな相棒と再起動。初夏には毎年恒例みっちりとアルバイトに勤しむ。順調に進んだ今年2025年は期間延長されることもなく契約通りピッタリ5月いっぱいで全業務完了、その間お休みさせていただいた「もうすぐ隠居の身」もこうして6月早々の再開となった。しかも気分一新、おNewの iPad air でしたためている。バイトが始まろうという段には「来シーズンのリフト券購入に加えて、へたりきったスノーボードブーツを新調すべくがんばる」と所信表明していたものの、いかんせん古くからのiPad がどうにも気まぐれ、そもそもが勤めていたころに仕事のため導入したもので、それからというものかれこれ9年、なだめすかしながらなんとか使い続けてきたがもはや限界、清水の舞台から飛び降りるつもりで方針転換、こうして買い替えたというわけだ。なぜに「飛び降りる」とまで物騒な言い回しをするかというと、これがまたなにしろ驚くほどに高い。

iPad air 13インチとMagic Keyboard
「まるっきりパソコンを代用するくらいのスペックが欲しい」まずはそう考えた。どちらか一方があれば事足りるから、ノートパソコンとiPad両方をリュックに詰めて移動する必要がなくなる。となるとテレビのない白馬でNHKプラスやTVerを視聴するデバイスともなるわけで、そうとなれば画面は少しでも大きい方がいいので13インチを選択。データは基本的にクラウドで管理していてそれほどのストレージを用意することもないのだが、最小というのも心許なく少しだけ上乗せして256GB。そしてパソコン代りに使うわけだから当然のこと専用のMagic Keyboardを追加。するとiPad air 144,800円にMagic Keyboard 49,800円、しめて194,600円…。9.7インチだったとはいえ9年前は一式そろえてこの半分と少しくらいだったような…。こちとら所詮は時給1,300円のバイトの身、一括で支払い可能かどうか自問する。熟慮の末、金利が一切かからない12回払いの月賦で購入することにした。たくさん働いたぶん特別ボーナスが加算されたりして、最終的に計算すると時給は1,400円を越えたのだけれど、正規社員の報酬アップに比して非正規職員やアルバイトの賃金が一向に上がらないのはいかがなものか、ふとそんなことに思いが至る。

「アウト老のすすめ(アウトローのすすめ)」
あの人らしくぽっと思いついていつものようにそれを面白がっているだけの造語なんだから、4月22日の発売日を待たずに予約までして「なんらかの指南」を期待した私が馬鹿だった。みうらじゅんが週刊文春に連載している「人生エロエロ」から95本集めたエッセイ集、今から振り返る若き日のトホホな「くりかえされる諸行は無常 なのによみがえる性的衝動(by向井秀徳)」が満載されている(だから推薦はしませんよ、笑)。しかしかえってそれが「なんらかの指南」を望みがちな肩肘張った問いかけに、「とどのつまり俺たちみんな何者でもないんだからさ」という身も蓋もない回答を差し出す。もはや悟りである。「人間そうそうに変りゃしないよ、たまたまこういう風に生まれついてるんだもの」、そうした達観の向こうに「アウト老」は姿を現す。「人生を面白くするのも、つまらなくするのも、自分次第」、帯にはそう記されていた。バイトのシフトとシフトの合間に読むのにちょうどよく、そのたび公園でほっと一息ついていた。

バイト帰りの川っぷち
勤務先を築地とするアルバイトからの帰り道、天気がよければ東京メトロ日比谷線を人形町で降りて、風に吹かれながら川っぷちを歩く。私の仕事は全国の小学生の学力判定テストの採点、ときに方言で解答するよい子たちの素っ頓狂な答案に丸一日さらされていると、終わるころにはどうにもざわついた気分を持て余す。ましてや私の今年の配属は算数チーム。「え、国語じゃなくて算数?」と驚いたのだが、なるほど「この答えにした理由を言語化して説明しなさい」という問題の担当だった。将来を見据え「数値データを正しく判断・利用してそれをもとにプレゼンする」訓練なのだろう。このところの本屋、例えばTSUTAYAとかに立ち寄るとなんだか気が滅入る。その理由は「金の匂いがする本」ばっかり平積みで並んでいるからだ。こうした問題が出題されるようになった「根」も同じところにあるに違いなく、「効率」と「手っ取り早さ」がもてはやされる。つるかめ算に頭をひねり、芥川龍之介の「トロッコ」を読み解く、ワクワクドキドキしながら目の前の問題に取り組んだ我が小学時代はすでに遥か彼方の話。なんとも世知辛い。だからほんの数日といえども白馬にエスケープする必要に迫られる。

八重桜の恩返し
バイト期間中の骨休めとばかり、5月15日から18日までの予定で白馬に赴いた。この冬の豪雪に折れて蕾をつけたまま道に落ちていた大ぶりの桜の枝があって、そのまま打ち捨てておくのはしのびなく、拾ってきて水甕を取り寄せウッドデッキで挿していた。花を咲かせて目を楽しませてくれるだろうと期待し滞在したのは4月の半ば、なのにこの子は膨らませるばかりで一向に蕾を開く気配を見せなかった。こればっかりはタイミングだから仕方ないと諦め東京に戻る。アルバイトが始まり久しぶりに根をつめて働きもうヘロヘロ、ほうほうの体で白馬に帰ってきた。そしたらどうだ、ウッドデッキで桜が咲いている。そもそもこの子は開花時期の遅い八重桜で、すでに盛りは過ぎているものの、なんとかねばって私が来るのを待っていた。なんとも愛おしく、日がな眺めては疲れを癒す。16日の夜に雨が降り出し、そして17日土曜日の早朝につれあいのスマホが何度も鳴った。この時間の息急き切った連絡、案の定、つれあいの近しい身内に急な不幸が訪れたという。降り続く雨に力つき、八重桜はすっかり散っていた。

桂花ラーメンは熊本のラーメン
予定を一日前倒しして白馬からその日のうちに帰京し翌18日に熊本入り、義父母、宇都宮からの義兄一家とともに通夜に参列する。19日のアルバイトは休んだが、どうにも顔を出さないわけにいかない会合がその夜にあって、申し訳ないがひと足先にとんぼ返りで私のみ東京に戻る。阿蘇くまもと空港の出発ターミナルに出店されている味千x桂花ラーメンで、新宿三丁目の桂花の支店で若いころよく食べた懐かしいラーメンをすする。後に当たり前のように本場で食べることになろうとは、あの頃これっぽっちも想像だにしなかった。告別式に参列するつれあいはしばらく実家に残るから、その間は一人で留守番だ。渦中にあった18日に、私は61回目の誕生日を迎えた。アルバイトはもう少し続く。

老舗に学ぶ「アウト老」
100人を集めて3月末に挙行された中高同級生による「合同還暦祝い」幹事団の打ち上げが、「東京最古の居酒屋」ともいわれる老舗中の老舗、私たちの大先輩が経営する神田「みますや」で5月末に催された。偶然にもこの日は私のアルバイト終了日でもあり、解放感から勢い余って予約30分前に「いいすかね」と暖簾をくぐる。ご高齢の大先輩に代わって忙しい店を切り盛りする娘さんは「来ちゃったものを帰すわけにもいかないね」と席につくことを許してくれた。一人で心晴れ晴れと生ビール。そのうち他の同級生も三々五々やって来て、楽しい飲み会が始まった。娘さんは「せっかくの父の後輩だもの、乾杯の時のみんなの生ビール一杯分だけ店でもたせてもらうわ」と12杯分をおごってくれた。さすが「江戸っ子だってねえ、神田の生まれよ」、粋である。その数日後、やはり老舗 新橋の新橋亭で大学同窓会の総会に役員の一人として参加、熟成された高級な紹興酒をお店から特別にふるまっていただいた。そしてようやく白馬にゆっくり腰を落ち着けて、サクサクと動くおNewの iPad air でこうしてこのブログを再起動させている。ああ、もうすぐ隠居の身。結局のところつるかめ算や「トロッコ」とかなんじゃあないのか、と思う今日この頃である。