隠居たるもの、少女の挙動に翻弄される。寝床を離れてまずすることといえば台風サンサンの進路を確かめること、この一週間をそうして過ごした方も多いのではなかろうか。私たち夫婦もその口だ。それにしても台風の名前というのはどうやって決まるのだろうか。国際機関「台風委員会」に、加盟国などから提案されあらかじめ用意されているものが140個あり、そこから発生順に名づけるのだそうだ。今回の台風10号の名前「サンサン(Shanshan/珊珊)」は、香港から提案された少女の名前を由来とする名称だという。もったいぶるこの子はどうにも気まぐれ、だから雨が降らない2024年8月30日金曜日、不測の事態に備え庭に張ったタープを今のうち片づけることにした。

「雨戸を閉めて家にこもる」

つれあいの実家は熊本だ。報道によると、29日の朝に鹿児島に達した台風サンサンは九州をゆっくり縦断するという。様子をうかがうべく義母に連絡したところ「市電は運休、つるや(彼の地の老舗デパート)も休業。でも食糧の用意はあるし、雨戸を閉めて明日まで家にこもる」と返信があった。そばに川が流れていたり山に囲まれてもいない市街地域だから「大丈夫」ととりあえずは思うが、日本各地に及ぶ影響をニュース映像で目の当たりにし、「気がかり」をすっかり拭い去ることは当然のことできない。しかし強力なこの台風、当初は27日に紀伊半島あたりから上陸し、28日に白馬あたりを暴風圏に飲み込み、29日に日本海上に抜ける、と予想されていたのだ。私たちが再び白馬入りしたのは26日、ことあるごとに散種荘にやってきたがるいつもの姐さん方の来白予定が27日から29日、中止の判断を含めてヤキモキどうしようか、初老たちは右往左往した。なのに一筋縄ではいかない気まぐれな少女サンサンは、あたかも「気の向くまま寄り道する」かのように進路を変え、「目的地を定めずゆっくり見物しながら自転車で巡る」がごとき遅々とした速度で進んでいた。

平川の「李禹煥作品」

ということで、予定通り姐さんたちは、27日に中央線特急あずさ5号に乗って白馬にやって来た。この時点で白馬は台風サンサンの予想進路に相変わらず収まっていたが、九州に寄り道したがゆえ「予想円」の到達は当初より3日ほど後ろにずれ込むことになっていた。昼食をとるなり早々に平川の河原に向かう。群生するカワラハハコグサの採集が慣例となっており、雨が降らない隙に済ませておきたいと考えたからである。それを横目にアテンド役の私が探すのは流木や石だ。「デレク・ジャーマンの庭」のような庭づくりは懲りずに続いている。すると浅い川の真ん中に「お⁉︎」という流木を見つけた。水量の多い日に流されてきたのだろうか、偶然に大きな石に引っ掛かって「現実世界に唐突に浮かび上がった裂け目」といった風情の緊張感をここに生じさせている。現代アートの巨匠「李禹煥の作品のよう!」と、私はひとり面白がったのである。

万物は流転する

客人があるゆえレンタカーを借りていたのが功を奏し、普段には持ち帰れない重量級を採集することができた。そこにあの流木は含まれていない。台風サンサンがやってきたとしたら、あの流木は風に煽られ、そしてかさを増した水流に流されてしまうだろう。それでいい。「万物は流転する」、紀元前のギリシャの哲学者ヘラクレイトスはそう言った。持ち出す話がこれまた大袈裟でいささかお恥ずかしいのだが、川は流れるものである以上、もしくは自然界は常に動いている以上、変化は避けて通れないのだ。案の定、採集を終えてジンギスカンを食べに少し山を下りて行こうかとした矢先、ざっと雨が降り始めた。

深山成吉思汗から白馬コルチナ・イングリッシュガーデン

「ジンギスカンの臭みが苦手」という人は多く、テーブルを囲んだ4人のうちの一人がそうだった。その彼女が「美味しい!」を連呼する。私たち夫婦がこのところ感心しきりの深山成吉思汗、扱う羊肉の鮮度が違うのである。臭みなど感じないのである。それに彼女はあの店員が好みのタイプなのだという。明日になればまた雨が上がるというから、私たちは午前中に白馬コルチナ・イングリッシュガーデンに出向くことにした。

白馬コルチナ・イングリッシュガーデン:http://hakubacortina.jp/englishgarden/

先の冬に二度ほど訪れた白馬コルチナスキー場の、2つのリフトに挟まれた一角にイングリッシュガーデンは設えられていた。スキー場の目の前に聳えるホテルグリーンプラザ白馬の宿泊客が主な来訪者で、私たちのように外部から訪れ500円の入場料を払う客は稀なのだと植物の世話をするお兄さんが珍しがる。そのおかげか、私たち一行の度重なる質問にお兄さんは丁寧に答えてくれた。「随行する運転手」という腹づもりでしかなかった私もなんというかインスピレーションめいたものを得る。なにも「デレク・ジャーマンの庭」のような庭からイングリッシュガーデンに宗旨替えしようというのではない。そもそも私は移り気な性分ではない(あくまでも個人的な感想であるが…)。そのインスピレーションとはなにか(これまた大袈裟であるが…)、もし手をつける機会に恵まれたとしたら、それについてはその時に話すとしよう。

空も保っているし、せっかくだからと栂池自然園にロープウェイで上がったのは欲張りすぎだったかもしれない。標高1,800mを超えるとすっぽり雲の中、台風サンサンが迫り来る平日に観光客が押し寄せるわけもなく、視界が確保できないひっそりとした湿原で、熊との遭遇に対する恐怖を抑えきれない初老の一団は、ひっきりなしに声を出し、無闇に手を叩いて歌い踊った(実のところダンスまでは必要なかったのだが、つい…)。

台風サンサンに翻弄され右往左往する

29日、予定通り姐さんたちは中央線特急あずさ46号に乗って雨が降る白馬を後にした。明けて30日の午後になって確認すると、変則的な進路で各地に大雨をもたらしながら遅々と進む台風サンサンは、どうやら白馬に来なくなったらしい。31日に予定されていた白馬ストリートフェスはすでに中止がアナウンスされている。昨夏よりひと月も早くタープを片づけたことだし、拾ってきた流木や石を配置し、姐さんたちと立ち寄った道の駅で買い求めた苗を植え、貴重な晴れ間にあらためて庭をいじる。

通常であれば日本の近くに来ると台風は偏西風に乗って一気に東へ進むのだが、その偏西風がこの酷暑を避けて例年より北を流れているため、サンサンは乗るべき「車」を見つけられずウロウロさまよっているのだと新聞で読んだ。だとしたら今後も気まぐれな台風が頻繁に出現し上陸するに違いない。となると農産物の収穫に支障をきたす年もあるだろう。とりあえず私は、地球温暖化防止のために「提案×発信×行動」するNGO/NPO、特定非営利活動法人 気候ネットワーク(https://kikonet.org)の賛助会員になって勉強してみようかと考えている。ああ、もうすぐ隠居の身。「万物は流転する」からだ。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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