隠居たるもの、雪にその都度うろたえる。2021年1月6日、東京にもそこそこの雪が降り、伝え聞くところによると、みなさん「あら美しや」と感嘆の声を漏らしながらもそれ相応に右往左往されたご様子。私はというと正月三が日を東京で過ごしたのち、昨年末から襲来した大寒波の余波がいまだ残る4日にこちら白馬へやって来たものだから、「レベル」の違う雪にすでに取り囲まれている。前回に散種荘を後にした12月29日、その時の積雪はせいぜい膝を越える程度、年が明けあらためて到着した4日午後3時50分の積雪は脇の下あたりとなっていた。とはいえ、道中の雪景色を見て察していたことだし、昨冬に経験してもいるのでいちいち驚いたりはしない。生活通路を軽く雪かきして家の中に入る。「やっぱり暖かいねえ」などとほっとしたのもつかの間、ここでつれあいが血相を変えた。

「2階のトイレが流れないの…」

「暖かい」といったって、温度計を見ると室温は2.1℃。外気温が−5℃だからその落差に身体がひと息ついただけで、いずれにしろ冷蔵庫の方が暖かい。水抜きをしていた水道管に水を通し、惜しげもなくストーブで薪を焚く。しばらくして落ち着いたころ、つれあいが血相を変えて2階から下りてくる。「あのね、トイレが流れないの…」

水抜きを忘れたわけではない。もろもろ頼りにしている別荘地管理事務所の点検シートにも「問題なし」とチェックしてある。よって凍結による水道管破裂ではないはずだ。だがしかし、現に水が流れない…。これは由々しき問題である。うろたえつくしたあげく、結局は管理事務所に電話する他に手立てがない。鷹揚な落ち着きを装い「どうしたわけか2階のトイレだけ水が流れないんですよ。ええ、手洗いボウルの蛇口からも水は出ませんな」と説明する。電話を受けた女性スタッフはちっとも騒がず、むしろ微笑んでいるかのような応対だった。「ここのところとても冷え込みましたから。多分、トイレに通じている水道管に残っていた水が凍ってつまっているんでしょう。ドライヤーでもあててみてください。ああ、床の下のどこを通っているかわからない…。スタッフはみんな除雪車に乗って出払っているもんですから、誰かを行かせることもできなくて…。他にトイレがあるんですか?なるほど、そちらは使える。それなら様子を見ましょう。家が温まって、たぶん氷はとけると思います。明日になっても流れなかったらまた連絡ください。」

「プシュゥいうたで」

午前2時40分に目が覚めた。50を過ぎたあたりからは別段めずらしいことではない。試しに2階トイレの手洗いボウルの蛇口をひねってみる。うんともすんとも言わない。仕方ないから2階の寝室から1階土間のトイレに下りる。二つ作っておいて本当によかった。雪はやんでいるようだ。予定通り朝からゲレンデに出かけよう。17℃まで上がっていた室温は深夜にじんわりと落ちている。急いで寝床に戻った。

冬の朝、まず真っ先にすることは室温を上げること。薪ストーブが本領を発揮するにはいささか時間がかかるため、この時ばかりはエアコンを併用する。ときおり2階トイレの蛇口をひねってみるが、やはりうんともすんとも言わない。朝食の準備が整うころ、室温は15℃に達した。エアコンを止める。階段を昇り降りしながらゲレンデに行く支度を進め、その度にやはり2階トイレの蛇口をひねってみる。もうそろそろ出かけなくちゃという時分にようやく「プシュッ」という音がたつ。間抜けな「すかしっ屁」にしみじみ安堵した。まだ水は流れてこないが、緩んだ氷の隙間から空気が抜けてきたのだ。「プシュゥいうたで」とつれあいに報告をする。なぜに大阪弁なのかというと、ついさっきまで見ていた朝ドラ「カムカムエヴリバディ」に出演する「大阪のおばちゃん」をやらせたらファンタスティック、濱田マリの余韻にひたってのことだろう。

雪と氷柱に囲まれて

5日の夕方には2階のトイレに水が通った。同じ時分に管理事務所のFBが更新された。「除雪作業がようやく一段落しました!」とのこと。まったくもって雪というのは油断ならない。隙あらばどこにだって積もる。このあたりの消防用ホースの格納箱の上には必ずヘンテコに積もっている。氷柱も同様で、この省察に掲載した写真はすべて散種荘の窓から撮影したものだが、「ハサミ虫の尻尾」や「一筋の滝」など、うっかり気を抜いているといつだってハッとさせられる。

東京に雪が降った6日、きれいに晴れたゲレンデでたっぷり遊んで帰った午後4時、管理事務所の担当さんが散種荘の呼び鈴を鳴らす。「あれ?まだ2階のトイレのことを気にかけてくれてたのかな?」などと半信半疑に外に出る。道路の除雪を一段落させた彼の心配は、実はそんなところになかった。「あのお、家の周りの雪かきをした方がいいと思うんです。この屋根雪自体は軽いから雪下ろしの心配はしなくてもいいんですけど、家の周りにすでにこれだけ積もっているんで、これが落ちたらもう家が埋まっちゃいます。どうします?」

本日7日、スノーシューを履いて(それでもスネまで埋まりながら)「どうしたものか」と庭から状況をのぞいてみた。太陽に照らされ、屋根雪に亀裂が入っているようにもうかがえる。これは近いうちに落ちてくる。いま積もっている雪とこれから落ちてくる雪、合わせて到底シロウトが手を出せるような体積でないことは確かだ。それに私は除雪機を持っていない。いたし方ない。何がしかを包んで彼らのサービスにゆだねよう。都会育ちのもやしっ子は今でもいちいちうろたえる。ああ、もうすぐ隠居の身。しかしそれがゾクゾク楽しかったりもする。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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