隠居たるもの、空模様の行方に気を揉むばかり。2026年4月27日、朝8時の東京は土砂降りの雨。昼に向かって小降りになると予報されてはいるが、私たち夫婦は気が気でない。なぜかといえば、いよいよこれから引越しの本番に取り掛かるからである。雨に降られての引越しというのは侘しい心持ちになっていけない。それが土砂降りともなると侘しさを通り越して絶望の域にまで達するのではと危惧される。北海道で午前5時23分ごろに起きた大きな地震を報じるニュースを見ながら「できれば一時間、開始時間を遅らせてくれまいか」と打診するメールを早朝に担当者に送ってはみたものの、あまりにも早すぎたか返信はない。GW直前で先方にも都合があろうからゴリ押しするわけにもいかない。ちょいと複雑な段取りを踏むため、つれあいはそろそろ引越し先の銭湯の2階に出向かなければならず、お天道様をくさしたところでどうにかなるでなし、こうとなったら腹をくくる以外に手はない。

ちょいと複雑な段取りとはこれいかに

 そもそもこの引越しには行き先が二つある。近場の銭湯の二階とはるばる信州は北アルプスの白馬。さらに私たち夫婦の今般の環境変化に際し、白馬に置いた方が相応しいと思いつく家具や品物が、すでに仕事場にしていた銭湯の二階からも大小様々数々と現れた。その対処に余分に手間もかかれば、わかりやすいところで距離もかさむ。人件費と燃料が高騰している昨今である。料金が高い週末および祝日とりわけてもGWを避けるにしても、それ相応の費用は覚悟しなければならない。しかしマンション売却の仲介を任せた三井のリハウスに、「引渡しにまつわる諸費用に限って20万円リターン」という特典があって、彼らと提携している業者に頼むのであればそれをまるまる引越しに充てたってよろしいとのこと、またその業者は不要となった物品の廃棄まで合わせて請け負ってくれるという。見積書に記載された代金はさすがに31万円と少し、差し引きすれば実際の負担は11万円と少し、まったくもって御の字である。

 自ずと引越しは第一陣と第二陣の2回に分けられる。まずはGW直前の第一陣、空っぽのトラックは銭湯の二階に到着、白馬に送ることにしたいくらかの荷物を積んで出発し、引き払うはずのマンションにとりあえず持ち込む。返す刀でマンションから銭湯の二階に移動すべき荷物を一切合切トラックに載せ、出発地点に戻りそれらすべてを階段を使って運び上げる。最後にだぶって不要になった冷蔵庫や壊れたままずいぶん経つプリンターなど廃棄品を銭湯の二階から運び下ろし、そのまま業者に引き取ってもらう。ここまでがこの日4月27日の作業。次にGW直後の第二陣。引払うべきマンションに白馬行きとしてまとめられた荷物を一気にトラックに積載する。その上で無闇に捨ててはいけない様々な廃棄品、部屋に残った大きなオーダー家具や40型のテレビ、古いiPodや動かないノートパソコンを始めとする細々した電化製品および錆びついた園芸用品など、これらも運び出して部屋を空っぽにする。廃棄品はその日のうちにトラックから下ろし、残った荷物は翌日に白馬に届けられる。つまりこれが引越しの全貌である。

 ほぼ四半世紀にわたって暮らしたマンションに溜め込んだ大小様々な物品を、銭湯の二階行き・白馬行き・もう使う場面はないから買い取ってくれる業者に売却・はたまた買い取ってくれるあてもないので廃棄、の四種に選別する。引き出しの奥深くが白日のもとに引きずり出され、棚の奥に何気なくしまいこまれた箱が開けられる。種々雑多な書類やもう使い道もないコードなぞが次々に現れては日々に何袋かのゴミとなる。そして期日が近づき2軒の出張買取業者が登場する。使われる場所を失うデスクチェアやらオットマン、はたまたオーディオ製品にコンパクトカメラ、どれも使い古されたものだが「え?これは買ってくれないの?」とか「ああ…、そんなもんか」とか「へえ、こんなに高くつけてくれるんだ!(とりわけプロジェクターやAVアンプとサラウンドスピーカー一式は期待を大きく超えた。オーディオの買取屋さん、ありがとう!)」とか悲喜交々、これで引越し費用の過半がまかなわれた。とにもかくにもこうして満を持して引越し第一弾の日を迎えたのだった。なのにこの土砂降りの雨…。日頃の行いに支障があるのかもしらんが、肝心の日に影響を及ぼすほどかと問われればそんな心当たりもない。とはいえことここに及んでしつこく不平を並べたところで詮はない。8時半を過ぎたころ、つれあいは長靴を履いて銭湯の二階に渋々と出かけて行った。銭湯の二階から荷を積んでこちらにやって来るトラックを迎えるのが私の役目だ。

あれよあれよという間にスカスカ

 9時少し前に「少し渋滞しておりまして10分ほど到着が遅れます」と連絡があり「この雨だから急がずに進めてくださいな」と応じたが、銭湯の二階からの積み込みは滞りなく終わったようで、つれあいから「人数も足りているようだし、邪魔になるだけだから私はそちらに行かずこちらで到着を待つ」とのショートメッセージが届く。私が待ち受ける部屋のインターホンが鳴ったのは10時を少し回ったところ。挨拶を交わしたチームリーダーは百戦錬磨といった風情で頼もしい。信頼できそうなもう一人のスタッフとともに経験の浅い二人を「ほらっ(重い方を持ってるこっちの)ペースに合わせてゆっくり!」とか「ドアの取っ手に(家具をぶつけないよう)注意して!」とか要所要所で細心にして厳しく、しかし必ず「そうそう、ありがとう」と気配りも忘れない。その仕事ぶりは大変に快く、あれよあれよという間に荷物は運び出された。雨はいつしかやみ、窓の外を眺めやると雲の切れ間に青空すら顔を出す。正午を過ぎたころに搬出作業は終わり、トラックは再び銭湯の二階に向かう。スカスカになった部屋を切なく眺めつつ後にして、私も歩いて引越し先に向かう。

日頃の行い?

 よりによってグラス類を入れた段ボール箱を経験の浅いスタッフが台車から落としてしまい、チームリーダーが血相変えて「確認してください」と私たちの目の前に置く、なんてこともあった。開いてみるとノベルティを含めて安い方から数えた3つが割れていた。「へえ、やはり作りからしてそんなもんなんだなぁ」と妙に感心し不問に付した。「朝にはどうなることかと案じたけど、思いのほか早く雨もやんで、いつの間にかこれほどに晴れたものなぁ。この引越しに携わった人みなの日頃の行いがいいんだな、きっと。まあそういうことにしておこうよ。本当にありがとう。またよろしく」とすべての作業を終えたチームリーダーに謝意を示したのが午後1時40分ころ。彼は「いやあ、本当に。雨、しかもあんな土砂降りだとやっぱりつらいすから」と満面の笑みを返してくれた。カップ麺をすすってひと休み、それから段ボールをいくつか開けてぼちぼちと新たな配置に片づけ始める。しかしそれも夕方まで。なぜならこの日たまたま仕事からの帰りが遅くなる姪から、学童保育の世話になっているメロン坊やを6時に学校まで迎えに行ってくれろ、と頼まれていたからだ。4月からメロン坊やが通い始めた小学校は、銭湯の二階から歩いて1分と少しのところにある。

お世話になりました

 4月28日の夜、私たち夫婦は前日に引越したばかりのマンションに足を運んだ。懇意にしていた方が自宅で送別会のような飲み会を催してくれたからだ。3歳から高校生も交えて64歳まで、30代だけを除く各年代がそろい、交流のあった総勢15人が出たり入ったりする楽しい宴となった。そういえば引越しの前日となる26日のこと、両隣に「明日はお騒がせします。そしてこれまでお世話になりました」と挨拶にうかがったら、私たちからして20歳ほど上になろうか、片方のお隣さんが「こちらこそ本当にお世話になりました、今までありがとう。いよいよ引越しなんだね。そうか、ほぼ四半世紀かぁ、なんだかつまらなくなっちゃうよ」と涙ぐまれたのだった。「すっかり涙もろくなっちゃってさ」などと思いながらも、うっかりもらい泣きしそうになった。我が家における洗濯係は私で、銭湯の二階で洗濯機を置くスペースはベランダだ。毎朝に洗濯機を回し洗濯物を干していると、大きな風呂をデッキブラシでガシガシ清掃する音が下から聞こえてくる。この部屋にもまた愛着が湧くに違いない。どこかから昭和歌謡が、それも堺正章とか井上順あたりが流れてきそうだ。ああ、もうすぐ隠居の身。人の営みを近くに感じる場で自身の営みを日々に積む。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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