隠居たるもの、緊箍児を気にかけ苦虫を噛む。緊箍児(きんこじ)とは、孫悟空が頭にはめている輪っかのことだ。彼が言うことを聞かず暴れようとすると、三蔵法師が緊箍呪(きんこじゅ)という呪文を唱えてこれを締めつける。2026年8月5日の朝のこと、白馬に出向く前に三菱UFJ銀行 新丸の内支店に足を運ぶに際し、つれあいは「あんたはすぐにケンカするから」と私を嗜め緊箍児をはめた。この野暮用、移動の前日に済ませておこうと口座を持つ支店へ4日の午後に赴いてみたのだけれど、「かつては受けつけていたが、この手続きはもうここではできない。可能な店舗も現在ではいくつかに限られる」と応対され、その時点ですでにカリカリきていたのだ。私たちがやろうとしていた手続きとは、三菱UFJ銀行に持つドル建て外貨口座から、同じ三菱UFJ銀行の別支店ドル建て外貨口座に宛てたドル振込み。かつてはふらりと支店に出向き用紙一枚書いてハンコを押せば完了だったものが、なにやらとんでもなく入り組んだ能書きばかりが並べたてられていた。

ドル建て外貨口座をなぜに持っているかというと
分不相応にもなぜにドル建て外貨口座なぞを持っているのかというと、私たち夫婦は生命保険などドル建て金融商品で長年かけて細々と貯金をこしらえてきたからだ。途中でより有利なものに乗り換えたいという場面が訪れた際、いちいち円に換金して解約返戻金を受け取り、またいちいちドルにチェンジして新たな入金をしていたら、その数日の間で為替差損を被ることもあれば、そもそもその度に二重の為替手数料を差し出す羽目になる。だからドル建て外貨口座を作った。そこに解約返戻金をドルで送金してもらい、そこからドルのまま新たな契約に振込む。こうすれば為替で「差益か差損か」ヤキモキすることもないし、あらかじめ高い振込手数料を取られたとしても二重の為替手数料を払わずに済む。なんともつつましい。今回もそういうことだった。役目を終えた既契約を解約し、初めてお金を預ける会社と新契約を交わし、あとはその会社のドル建て外貨口座へなけなしの貯金を振込むだけとなっていた。

とっかかりでの致命的な誤案内
こんなことになっていようとはつゆ知らず、だからこそ近所のスーパーに買い物に行くような気軽さで、口座を持つ支店に振込み手続きに出向いたというわけだ。ところが既にご紹介したように「できない」の一点張りで取り付く島がない。時とともにルールが変わるのは致し方ないが、「じゃあどうしたらできるんだ?」と聞いても「よくはわからない」と要領を得ない。「だというなら(今日のうちにここで済ませておいた方がいい処理などあるかもしれないし)この店内から所管の窓口に問い合わせの電話をすることを許してほしい」と頼み込み、電話でやり取りしながらスマホで三菱UFJ銀行のHPを検索したりなんぞしてみたのである。今現在、かの名門都市銀行においては、外貨口座への送金手続きができる店舗は9つのみなのだそうだ。(大阪、名古屋、横浜に一店舗ずつ、残りの六店舗は東京。ネットバンキングにしたって限度額がある。だからこそ東京にいる間に必ずや処理しておかなければならないことを知った。)さらに、送金手数料に7,000円かかりそれを三菱UFJ銀行の円口座から引き落とすことが推奨されるが窓口での現金支払いも可、本来は予約をとって欲しいところであるが時間に余裕を見ていただければ対応店舗への直接来店でも可、と案内された。

三菱UFJ銀行に持っているのはドル口座のみ、初老になって必要もない口座を無闇に新設したくもないから、「おそらく明日の朝一番で対応店舗である新丸の内店で仕切り直し、手数料は現金で払うことになる」と私たちは電話口で伝えた。ここまでに1時間40分ほどかかり銀行は午後3時の閉店間近、「明日は白馬に移動しなければならないってえのに参ったね。とはいえ大概の情報は仕入れた。さほどの手間もかかるまい」と楽観的な心持ちを抱えて私たちは帰宅したのだった。しかし、そんな楽観は新丸の内店ではなから根源的に覆される。

なぜならキムタクが大っ嫌いだからだ
「お客様がいらっしゃるだろうことは昨日お電話で対応いたしましたオペレーターから伝え聞いています。申し訳ないのですが、ご案内に誤りがありました。実は外貨送金の手数料は当行の円口座からの引落し以外に対応できないのです。オペレーターはその誤りを伝えるために何度か電話を差し上げたそうですが、お出にならなかったということで…。どうしますか?すぐ対応しますが、円口座を開設いたしますか?」新丸の内支店に開店と同時に入るなり、つれあいはそう言われたそうだ。同時に「電話したなんて嘘だ」と怪しみもしたそうだ。着信履歴がひとつも入っていなかったからだ。そして「どうしますか?」もないだろう。ここで円口座が開設されない限り、送金手続きには着手しないという。ということは今後もずっとなけなしの貯金を人質に取られたまま私たちは1ドルたりとも動かすことができない。選択の余地はないのだ。近頃の口座開設はタブレットを通じてまずは「残高0円」でここにない当該部署で執り行うから時間がかかる。大した金額の振込みでもないからないがしろに扱われていたのか、「すぐできるんじゃなかったのか?」「すぐ対応するとは申しましたが(「すぐできるとは言ってません!」)、これくらいの時間はかかります」、こんなやり取りをはさんで口座ができあがるまでに一時間半ほどの時間がかかった。予定していた白馬行きの中央線特急あずさにはとうてい間に合わない。えきねっとで予約を変更せざるを得なかった(変更のタイムリミットを過ぎてしまったため、一枚のチケットはいったん「払い戻し」にせざるを得ず、手数料まで余分にかかった)。苦虫を噛み潰したような顔をして肝心の送金手続きが始められるのをフロアの椅子に座って待っていたら、女性行員が私たち夫婦のもとに駆け寄ってきた。このところの三菱UFJ銀行CMキャラクター、三兄弟に扮したキムタクと石原さとみ、水上恒司が表紙に大写しになった口座開設特典のメモノートを手にして「忘れてましたよ!」と満面の笑み。「忘れたんじゃなくて、いらないから置いたまま残しておいたんだ。なぜならキムタクが大っ嫌いだからだ!(あくまでも個人的感想です)」女性行員はノートを持ったまますごすごと引っ込んだ。

般若のような顔した初老の夫婦
「自分たちのお金をこの銀行の口座から同じ銀行の他の支店の口座に振込みたい」、私たちはそれほどに大それたことを望んでいるのだろうか。なんでたっぷり足かけ2日もかかるのだろう。その間に行内に設置されたモニターから大っ嫌いなキムタクを何度も何度もリフレインで無理やり見させられた(キムタクファンの皆さん、しつこくてごめんなさい)。しかもメモノートまでつきつけられて…、なんで「ご所望ですか?」とひとこと尋ねてみないのか。イライラは募るばかりだ。そもそも「どうやっても円口座が必要」と最初から正しく案内されていれば、ブツブツ不平を口にしながらも前日に訪れた店で口座を開設しておいたのだ。さらにもうひとつ、外貨送金のためにはパソコンやスマホを通して事前に情報を登録することが求められていたのだが、手数料を引落とす円口座を打ち込めないから書類を完成させることも登録することもできなかった。「現金で支払う場合は現地で手書きでもするんだろう」安易にそう考えていたのがバカだった。そもそも「現金支払いは御法度」なのだ。あらためてこの場でサポートもなくスマホで打ち込むことを強要される。パソコンでならまだ幾分かは楽なのに、怒り心頭に発したついあいは、小さなスマホで間違わないよう打ち込むのに見ていて気の毒なほど難儀した。これだって前日に正しく案内されていれば、新規に口座を開設した上でその日のうちに銭湯の二階でパソコンで済ませていたはずのこと。

はぁ?さっき作ったばかりの自分の口座に手数料を払って振り込めだと?
白馬行きの中央線特急あずさは余裕を見て2時間遅らせた。なのにそれすらもギリギリになりかけている。入店してからすでに3時間10分が経っていた。ようやく手続きが終わったのか、つれあいが窓口に呼び出される。しかしそこで待っていたのはさらなる驚愕。「口座に残高がないので送金できません」、…。確かにつれあいもうっかりしていたには違いない(矢継ぎ早に登場する不愉快に対処し続けるうち失念したそうだ)。そうだとはしてもそのために作らせたのだしこれだけの時間があったのだから「手数料の7,000円の入金をお願いします」との誘導があってしかるべきではなかろうか。また結局はその場で7,000円を財布から出させるのに違いはないのだ。「現金御法度」という建て前自体がそもそも滑稽だ。その上に「開設したばかりでまだキャッシュカードもありません。お急ぎならばATMで手数料を支払ってご自身の口座に振り込んでください」などととんでもないことをぬかしやがる。こちとら元サッカー部、思わずそばにあったチラシケースを蹴り飛ばしそうになったが、すんでのところで緊箍児(きんこじ)が気にかかり、振り上げた脚をなんとかそのまま床に強く振り下ろすことに成功した。それが地団駄を踏むような恰好になってしまい大きな音が何度か行内に響く。このとき、緊箍呪(きんこじゅ)を唱え輪っかを締め上げ私を懲らしめるはずのつれあいは、「はぁ?さっき作ったばかりの自分の口座に手数料を払って振り込めだと?」と啖呵を切っていた。行員たちはようやくのことハッとした。

三菱UFJ銀行という名の蟻地獄
血相変えた行員たちは、大急ぎで通常の(もちろん手数料のかからない)窓口入金手続きを決済しなんとかすべてを終わらせた。前日に1時間40分、この日に3時間20分、足かけ2日5時間に及ぶとんだ「一大手続き」であった。人間だもの、最初の案内を間違えることもあるだろう。だったら客のストレスを少しでも減らすべく、勝手に複雑にした事務作業に行員一丸となって対処するべきではないのか?私はそう思う。それどころか結果的にこれだけの時間を強要しておきながら、「トイレは大丈夫ですか?(銀行にはスッと入れる客用化粧室なぞない)」等の配慮がつれあいに対して一切なかったのはいかがなものか(いつ窓口に呼び出されるかもわからないから彼女はずっと我慢せざるを得なかった)。やはり歴史ある名門都市銀行、何から何までひと味違うのである。

その日の夕方になんとか白馬に着いた。夜のうちに怒りが収まることはなかったけれど、翌日の6日に予約した通り松本に初期点検で新車を持ち込むついで、前から気になっていたディーラー近くの手鞠という店で昼食に美味しい蕎麦をすすったり、帰りがけにスポーツ自転車専門店 BIKE RANCHに初めて立ち寄ってみたら「完売していてもう手に入らない」と思い込んでいたマウンテンバイクがあっさり予約できたり(秋入荷分があるんだそうだ)、今話題の信州のスーパーTSURUYA穂高店で買い物をしたり、そんなこんなで私たちの心持ちもようやく落ち着いた。だのに7日のお昼時、三菱UFJ銀行の当該部署から電話が入る。「振込みの原資をどうやって手に入れたのか、それを証明する書類がないと手続きを承認することができない」、恐るべし、三菱UFJ銀行という名の蟻地獄。「その書類は東京にあるから今すぐには対応できない。2日がかりであんな仕打ちを受けたのに、それでもまだ自分たちのお金を自由にさせてもらえないのか?それでは振込み先であるあなたたちのお客さんとの契約も御破算だな」と伝えると、謝罪のひと言もなく「今回ばかりはこのまま送金してやるが、後日に書類を送って来い」といった旨の返答。さすがである。「近ごろ感情の起伏もなく老け込んでいるんじゃなかろうか」と疑心暗鬼なご同輩、ここはひとつ三菱UFJ銀行でなんらかの取引をしてみたらどうだろうか。ああ、もうすぐ隠居の身。さぞやエキサイティングな経験をさせてくれるに違いない。