隠居たるもの、素っ頓狂な相方を愛おしむ。ドレスコードがカジュアル化し、いかつい顔をカバーするため率先してそれに取り組む私である。さすれば腕時計も軽やかなものが好ましい。それゆえ、このところはシルバーのApple Watchを愛用している。新しく手に入れたスポーツループがこれまたカッコよく、ツヤ消しの筺体に映える。しかし、私のApple Watchはそそっかしく、予期しないところで驚かしたり笑わせたりしてくれるのである。

2018年の5月、ジャケットを脱いだ腕のために

サマーカジュアルが5月から始まる。ジャケットに腕を通さなくなるし、半袖のニットポロを着用することも多くなる。Apple Watchが欲しくなった。以前にも記したが、後期中齢者は綺麗な色のものを着用した方がいいと考えている。不相応に「若づくり」してはいけないけれど、発色の良いものを身に纏うと気分も華やぐ。ツマミの真っ赤な差し色も好ましいし、ツヤ消しシルバーがなんともいいじゃないか。多くの機能を持つから山用としても使える。そうこうして(というか、つれあいにそうプレゼンして)、このApple Watch series3は、54歳の誕生日に私の左腕に巻きつくことになった。

2020年の冬も

こうした購入経緯であるから、秋になって重ね着をする時候には、従前より所有するいささか重厚なものに取って代わられ、My Apple Watchの出番は減り始める。ところが昨年の暮れも暮れ、有楽町のビックカメラで件のネイビーとカーキ2色が配されたスポーツループを目にして、居ても立っても居られなくなった。ビックカメラではすでに売り切れていて再入荷はされないという。年が明けて、ダイバーシティ渦巻く銀座のアップルストアに駆けつけなんとか手に入れた。ライトグレー一色のループをこれに付け替える。素敵だ、セーターとの相性もいい。以来、ヘビーローテーション中である。

素っ頓狂に発せられる声

ただ、ひとつ問題がある。このApple Watch、赤いツマミをいくらか長押しするとSiriが起動する。iPhoneにもある「要求を聞いてそれに応えようとする」あの機能だ。例えば「明日の東京の天気は?」と声を出して尋ねれば、「晴れです」と涼やかな女性の声が答えてくれる。小賢しいので私は基本的にSiriは使わない。なのに、勝手に作動してしまうのだ。手首を返した時に、重ね着によって押し出され、左手の甲にツマミが“ぎゅっ”とあたるのだろう。突拍子もなく「もう一度おっしゃってください」と怒ったり、真面目な話をしている最中に「そうですね」と会談の一員であるかのごとく相槌をうったりする。先日の木曜日はとりわけ激しかった。

親子丼を昼に食べたのに夜もうっかり焼き鳥屋

墨田区は菊川の馴染みの焼き鳥屋「うきち」のカウンターで語らっていた。すると、My Apple Watchが唐突に憤然と詫びを入れる。

「すみません、Apple Watchではそのお手伝いはできません。」

「???」。慌ててディスプレイに目を落とす。私がSiriで「お前を注ぎたい」と意味深な要求を寄せたことになっていた…。

奸計に謀(たばか)られて、全身全霊を打ち込んでいた職から離れざるを得なかった後輩がいる。「今日この日そして今、どうしているだろうか、どう暮らしているだろうか」と彼に思いを馳せて語り合っていたのだ。そして、私はこう言った。

汚名をそそぎたいだろうな。

My Apple Watch、大丈夫、勘違いさ、君のことは大切にする。翌日、Yahoo!ニュースを検索していたら、その後輩が“次”へと始動したようなスポーツ新聞の記事があった。

そそっかしいぜ!My Apple Watch!ああ、もうすぐ隠居の身。なんだか落語を観たくなった。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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