隠居たるもの、寝食の始末は自らつける。目や耳に入ってくる新型コロナの知らせに無防備にさらされていると、鬱々とした心持ちになる今日この頃である。幸いにも、目の前の日常から離れて今この時にこそ取り組むべきことが私にはたまたまある。必要以上に沈んだ気分になりかけると、余念のない皮算用と妄想に逃避してそれを紛らわしている。それに、早々に決着をつけなければならないことではあったのだ。小さな山小屋の寝床をどうしたものか、ずうっと思案に暮れていた。

寝床をめぐるアウフヘーベン

くどいようだが、そこで寛ぐことが主眼の小さな山小屋である。来客用のベッドまで用意して並べたら、山小屋というより入院病棟の大部屋になってしまう。いつも来客があるとは限らないし、夫婦の寝床だけでもベッドで設置したとする。そうとしても、来客用の布団をしまうスペースが別途必要だ。それでは、畳めば省スペースとなることを見越してベッドを置かずすべて布団でまかなうとする。それとて同じこと、布団群を収納するスペースをより大きく設(しつら)える必須が生じてしまう。しまい込むと寝具を快適な状態に保つのだって手間がかかる。設置と収納が占めるそれぞれの面積と利便が、渦を巻いて私たちを悩ませていた。しかし、アウフヘーベン(ヘーゲルの哲学用語で弁証法的止揚と訳される。矛盾する諸要素が対立の過程を通じて発展的に統一すること)とはよくいったもの。すべてを発展的に解決する妙案が浮かんだ。そう、二段ベッドである。寝具はベッドの上に敷いているか畳まれているかだから、収納スペースをあらためて必要としない。普段は上の段を棚として使ったっていい。2台導入すれば、2人の面積で4人がゆったり就寝できる。友人たちと寝泊まりするにあたって、この歳になると必ずしも男女の部屋を分かつ必要もない。それより何より山小屋らしい。

これまた大きなフライング

ところがである。喜び勇んで二段ベッドを探し始めるが、適当なものがない。パブリックイメージが「子供部屋の寝床」だからなのだろう。デザインがどれも幼子の好みだし、なによりも最大荷重が心許ない。ある住宅用建材・インテリアアクセサリー会社のショールームで「これは」というものも目にしたが、それはバックパッカーを顧客とするホテル等に卸す品で、「二つだけ欲しい」という私たちには譲ってくれなかった。「シンプルで頑丈なだけでいいのに…、これもオーダーしなければならないか…」と半ば諦め始めた時に、ようやく「家具通販のわくわくランド」さんのHP(https://www.kagu-wakuwaku.com/products/detail1296.html)でこれを見つけたのである。

上下それぞれにコンセントがついていて、ゆるやかにプライベートな空間でスマホの充電もできる。フィンランドのメーカーの製品だという。パイン材でホルムアルデヒド対策もバッチリ。現物を目にできないかと問い合わせるも、通販のみとのこと。加えて、海外製品であるため、在庫が尽きたらその後の入荷を約束できないという。どうにも困ったが、手をこまねいているわけにもいかない。サッカー部の後輩と姪の夫婦が暮らす我が庵にほど近いマンションに、用途が定まっていない和室があった。多目的に使っていいからしばらくの間(実に半年近くだけど…)は置かせてくれと頼み込んで、思い切ってひとつ購入し組み立ててみることにした。

これがよくできている

姪孫が見つめる中、ほぼ2時間かけて作り上げた。とても素晴らしい。イメージ通りの品であった。しかし、懸念事項がもうひとつ。頻度高く何度も来ることになるだろう姪の旦那であるサッカー部の後輩が、やたらと背が高いのである。できあがって、内寸196センチのベッドに入って寝転んでみるよう促す。「大丈夫です」とは言うのだが、少し窮屈そうだ。現物をもってして確認できたので、これから注文するもうひとつは内寸211センチのロングサイズにしてやろうじゃないか。“叔父心”てぇやつだ。

アンファン・テリブル 恐るべき子供たち

組み立てを終えた日曜日の春もうららな昼下がり、いつもと変わらず木場公園にウォーキングに出向く。一斉休校以来、この公園は子供たちで大変に賑わっている。公園に足を踏み入れる前にいかばかりかと思案する。「昨日の土曜日は朝から晩まで雨や雪が降っていて外に出れずウズウズしてたんじゃなかろうか、だけど昨夕にあの方の2度目の会見があったし、その影響とかあんのかなぁ」などなど。それがもう、笑ってしまうほどに阿鼻叫喚なのである。未就学児のよそ見しながらフラフラ走る自転車に轢かれないよう気を張った。小学生はなんだか走りまわってる。中学生や高校生は、ボール遊びが許されている広場でサッカーやバスケットボールに興じている。どこかしら強制がある部活ではないから、どの子も楽しそうだ。「ストレスが溜まった子供たちを公園で遊ばせたいんだけど、白い目で睨まれるから怖い」とか、「小学校の先生が巡回し、公園で遊んでいる自校の生徒を叱って家に帰らせている」とか、この間に耳に入るのは気が滅入る話ばかり。嬉しいことにこの公園は“治外法権”のようだ。重要なのは状況を判断する分別を持つことだ。こだまする子供たちの嬌声を聞きながら、しばし晴れやかな心持ちになった。ああ、もうすぐ隠居の身。いずれにしたって悪くはないさ。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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