隠居たるもの、リズムを変えずに日を送る。ほぼ庵にこもって1ヶ月、ともすると曜日の感覚も怪しくなる今日この頃、知らず識らずに大事ななにかを放棄してしまわないよう、つとめて「今日」を意識する。時計も鳴らさずに目が覚めて、「そうだ、今日は日曜だ」と意識が巡り、これ以上は寝ていられないところまで寝床にはりつく。頑張らねば起きられない若い時分とうって変わって、頑張るのを怠ると寝ていられない。そうとしても大体は8時半くらいが限界だ。旅先でなければここからはいつも同じ。まずは紅茶を淹れて、朝食の準備をしながらおもむろにテレビをつけEテレにチャンネルを合わせる。「365日の献立日記」から「日曜美術館」、休日の遅い朝はこうして始まる。

今朝の「日曜美術館」、「オラファー・エリアソン ひとりが気づく、世界が変わる」がとても素晴らしかった。

東京都現代美術館で、3月14日からオラファー・エリアソンの個展「ときに川は橋となる」が開催されることになっていて、近くだし観に行こうと楽しみにしていた。それがイベント自粛要請を受けて開幕が延期される。当初は「4月6日まで休館」とされていたと記憶するが、もちろん今となっては5月6日まで延長されていて、それもさらに延びるに違いない。

「日曜美術館」がこの展覧会を特集し放送した。3月30日に現地収録したものに、新型コロナ禍で来日を果たせなくなったアーティスト本人のインタビューを交え、通常より15分くらい長い時間で編集されていた。放送時間は変わらないのになぜ通常より15分も長く時間がとれたのか、それは「アートシーン」というコーナーで全国各地の展覧会告知をする必要がないから、つまり開いてる美術館が全国どこにもないからである。時間もたっぷりあるし、ゲストの上白石萌歌も松尾貴史もわかる人たちだったし、今日の状況下で制作スタッフに気合も入っていたのか、今朝の放送は単なる展覧会の紹介に留まらないとても素晴らしいものだった。展覧会そのものを擬似体験したとさえ感じた。

オラファー・エリアソンはこう語り、それはこの今だからこそ深く届くものだった。

東京都現代美術館ホームページ:https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/olafur-eliasson/

そんなによくは知らなかったのだが、1967年生まれ、アイスランドにルーツを持つ芸術家である。彼は東京都現代美術館の個展開催に際してこう語っている。「〈ときに川は橋となる〉というのは、まだ明確になっていないことや目に見えないものが、たしかに見えるようになるという物事の見方の根本的なシフトを意味しています。地球環境の急激かつ不可逆的な変化に直面している私たちは、今すぐ、生きるためのシステムをデザインし直し、未来を再設計しなくてはなりません。そのためには、あらゆるものに対する私たちの眼差しを根本的に再考する必要があります。私たちはこれまでずっと、過去に基づいて現在を構築してきました。私たちは今、未来が求めるものにしたがって現在を形づくらなければなりません。伝統的な進歩史観を考え直すためのきっかけになること、それがこうした視点のシフトの可能性なのです。」(東京都現代美術館ホームページより引用)

作品は素晴らしく、作家本人は思慮深く、洗濯するのを後回しにするほど番組に熱中し、つれあいともどもため息をつくほどに感動した。まったく、日曜の朝だってのに困ったことしてくれる。

「持続可能性:サステナビリティ」を、表向きのトレンディワードにしてはいけない

例えば、「アイス・ウォッチ」という彼の作品がある。地質学者のミニック・ロージングとの共同プロジェクトで、グリーンランドから溶け落ち洋上に浮かぶ巨大な氷を、ロンドンのテート・モダン前の広場に展示したインスタレーションだ。何万年もの時を超えて溶け落ちてしまった氷が、日に日に後戻りできずに溶けていく。頭で理解するだけでなく、氷が溶けるのを目にし接する体験を通して、世界とつながっていることを私たちは実感する。

例えば、「ニューヨーク・シティ・ウォーターホールズ」という彼の作品がある。ニューヨークのイーストリバーに人工の滝を4本構成したパブリックアート(2008年)だ。「効率」を求める大都会に滝を現出せしめることで、畏怖をもって自然と接する疑似体験の機会を形にした巨大プロジェクトである。

彼は語る。「見方を変えて知覚を変えれば、理解できなかったものが理解できるようになる。私たちは見方と知覚を変えて、地球を理解し直す必要がある。」と。にこやかに「持続可能性」を売り文句にしていながら、その実は環境破壊の限りを尽くしたリオデジャネイロ五輪を持ち出すまでもなく、耳障りよく語られるキャッチコピーの裏で、一体どれほど無体なことが許され、そしてそれを直視せずに許してきたことか…。彼の真摯な作品は、私たちに自然とつながる体験を提示する。

水と風と光と

新型コロナウィルスに右往左往する日々である。でもね、見方を変えれば、人間なんて地球にとってウィルスみたいなもんじゃないか?あんまり調子に乗るのもどうかと思うよ。とにもかくにも、水と風と光、その時々のそれぞれの偶然で自然はできている。私たちはそこに仮住まいさせてもらっているだけだ。分を忘れちゃあいけない、それを思い起こさせてくれる素晴らしい番組だった。象徴的にも、番組が終盤に差し掛かった頃に関東地方に地震があった。オラファー・エリアソンが語った。「今は誰も家にいなければならず、物理的には離れざるを得ない。しかし、だからこそ、社会的にはつながっていないといけない。そのためにアートはプラットフォームとして力になれる。美術館に行かずともアートの方から自宅にやってくるという方法、例えばデジタルで届けることのできる彫刻の個展なんかを計画している。また、太陽や雨、虹といった自然を部屋の中に取り入れることはできないか、アートで擬似体験できないか、そんなことを考えているんだ。」と。世界には本当に素敵な人がいるものだ。また、展覧会をじっくり体験したような心持ちになる番組を制作して放送してくれたことにも喝采を送りたい。5月3日日曜日の午後8時からNHK Eテレで再放送(https://www.nhk.jp/p/nichibi/ts/3PGYQN55NP/schedule/)があるようだらか、みなさんもよろしかったら展覧会を体験してほしい。できることなら美術館の扉が気がつくと開いていて、じかに作品に触れる日が来ることを。

ああ、もうすぐ隠居の身。あれ、庵に光が射し込んでいるじゃないか。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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