隠居たるもの、四辺の便りを気にかける。手放しで「非常事態宣言が解除されたぁ!」と浮かれるほどの脳天気には毛頭なれないが、そろそろ「どうしてんだろうねえ」と友人たちの消息を直接に確かめたくなるのも人情だ。寄り合いが取りやめになる、とりあえず会食は控える、そうしたことが私の周りで当たり前になったのは3月に入ってからすぐのこと。SNSとやらで様子がわかる者もいれば、遠く回って人づてに消息が聞こえてくる者もいる。とりあえず今週の頭 5月25日に非常事態は解かれ、「そろそろ顔を合わせる?」と声をかけあったり呼び出しがかかったり。恐る恐るそうしたやり取りが交わされ始めたところだ。
隅田川テラスに集合せよ
大人数でとぐろを巻くのはまだまだずっと先のこと。まずはご近所さんだ。集まるにしても公共交通機関を利用する必要がない、このところは在宅もしくは近辺で仕事をしていたりするから早々と集合できる、よって遅い時間まで引きずらない、土地勘がある者同士で「どこで集まるか」も融通が利く。数人で声かけあって、27日の水曜日につんのめるように顔を合わせることにした。
「午後5時あたり 新大橋から下流に向かった隅田川テラス左岸 ビールとつまみは持ち寄り」
密閉を避けながらひと足早い夕涼みを楽しもうという趣向だ。つれあいと私は、馴染みのムクラフ(https://www.instagram.com/mukuraf/?hl=ja)でビールとハムカツ、およびポテトフライを調達して現地に赴く。先に着いた私たちが場所をとる。いい塩梅に人も少ない。友人たちもおいおいやって来る。数ヶ月ぶりの再会に話は尽きない。たまたま隅田川テラスをジョギングしていたやはり近所の友人とばったり出くわして、何処そこでこの後に合流しようと約束する。渡る風が心地いいじゃないか。
何処そこというのは飲める釣具屋 hageのこと
緊急事態宣言下にずっと店を閉ざしていた飲める釣具屋 hage(ヘイグ:https://m.facebook.com/hagefishing)も再開した。飲み物を提供するばっかりに、釣りをするわけでもない私たちにいっつもクダを巻かれる気の毒な店。飲み物以外の持ち込みは可だし、隅田川テラスで広げたつまみをそっくり抱えて、陽が落ちて暗くなってから移動する。hageの隣のもつ焼き屋「三徳」も再開している。ずっと殺風景だったものなあ、店に灯りがともっているのを目にしてなんだかホッとする。あの方たちは下々のそれぞれの事情などに思いもよらない。テレビから頭ごなしに「要請」をするだけだから、お店の人や私たちが探りながら馴らしていかないといけないだろう、これからは。
hageは入口の引き戸を全開にして開け放たれている。そこで私たちはゆったりと話に興じる。ジョギングしていた友人も合流する。隣の三徳からもつ焼きを「出前」する。つれあいは言う、「やっぱり夜遊びは楽しいね」。とはいえ、まだ8時かそこら。だけど、そろそろ潮時にして今日はお開きにしよう。それぞれ「大人」だから、私たちはさっぱりと切り上げる。
夜のドクダミ盗賊団
「こちとら都会育ちのもやしっ子だから、どれがドクダミかなんてわからねえな」
いくらか酒が入った私がこう嘯(うそぶ)くと、友人のひとりとつれあいは「ハイハイ」と首をすくめて「いいからついておいで」と返す。この日の最期の仕事はドクダミの花摘みなんだそうだ。そのための瓶が手渡される。果実酒を漬けたりする度数が35度以上のハードリカーにドクダミの花を漬けておくと、ムヒを凌駕するかゆみ止めに育つという。自然素材であるからなおさらに良い。そういえば、つれあいが昨年に熊本の親族から教わって作ってみて、それが確かに効いた。調べてみると、ドクダミは「毒矯め(ドクダメ)」が転訛して「毒矯み(ドクダミ)」と呼ばれるようになったらしく、民間薬で毒下しの薬効が顕著なのだそうだ。hageのそばにここぞとばかり自生している一画があるという。ははあ、これがドクダミなのね。私たちは夜陰に乗じてそそくさと花摘みをした。すでに走りの蚊にひと刺しやられているけれど、これさえあれば安心至極。こうして半袖のTシャツ一枚で過ごせたやさしい夜が終わる。ああ、もうすぐ隠居の身。そう、今は名残惜しいくらいがちょうどいい。