隠居たるもの、川面を渡る風に吹かれたい。東に向かって小名木川遊歩道を歩くのは久しぶりだった。つれあいが「清洲橋を渡ってすぐのパン屋に赴きたい」と宣(のたま)うから、散歩の針路をそちらに向けたのだ。「この道はいつか来た道、ああそうだよ♪」などと北原白秋作詞・山田耕筰作曲の歌を口ずさんでご機嫌だった高橋をくぐって少しのあたり、つれあいが「ひっ!」とひきつったような声を上げる。「どうした?」と私も瞬時に緊張を喚起させる。不届きにも始末されないどこぞの飼い犬の排泄物なんぞを踏んづけでもしたのかと思いきや、なんと!シマヘビが私たちの眼前を素早くのたくっていたのだ。

「野生の王国」

私が庵を構えて暮らすこの深川、都心に近い割に様々な野鳥も同じく居を構えて暮らしている。木場公園、猿江恩賜公園、清澄庭園、仙台堀川公園そしてずっと南には夢の島公園など、ところどころに樹木が繁る一画が在し、その上に隅田川と荒川およびそれをつなげる運河が縦横につながっているからだろう。実は、野鳥が私たちとの距離をこのところ縮めているのでは、と感じている。青虫をくわえたままの雀が私の半歩先を跳びはねる光景を何度も目にしたし、青鷺などは水辺で王者の風格を見せつける。そこには季節的要因があるのかもしれないけれど、人があまり外に出なくなった分、彼らは恐れを抱かず勝手気ままに“幅を利かせ”始めたのではなかろうか、私は楽しくそう思ったりする。そこに闇に紛れて生きてきた蛇まで出てきたというのか…。それはそれで面白い。

キングが隅田川であたりを睥睨(へいげい)するの図

「この道はいつかきた道」

6月4日、ほぼひと月半ぶりに電車に乗った。こともあろうに「感染の震源地」扱いされる新宿に向かうためだ。近しく懇意にしている大学の先輩たち数人に「歌舞伎町というわけでもないし、もうよかろう」と、数年前に亡くなったやはり大学の大先輩が経営されていた新宿と言っても西口の明月館(https://meigetsukan.jp/)に呼び出されたのだ。

確かに人は戻っているけれども、以前の新宿西口に比べたらなんのなんの。それに、早い時間から集まって相応の時間に退散するし、「接待を伴う飲食店」に足を向ける可能性は皆無だし、注意深い人たちがゆったり座っての会食だし…、いやいや言い訳を並べ立てる必要はもうあるまい。きちんとわきまえた振る舞いをすればいいだけのことだ。私はTシャツ1枚、まぶかにかぶったベースボールキャップ、もちろんマスクをつけて少し遅れて席に加わった。先輩たちは「さすがお前だ、中核派の活動家みたいだ」とゲラゲラ笑って迎えてくれた。それにしても、明月館の当たり前の焼肉は、当たり前に美味しい。ついこの間、近所の焼肉屋さんから味付け肉を購入して、ウチで焼いて焼肉らしきものを食したりはしたのだが、焼肉屋さんに実際に身を置いて、強力な火力のもと舌鼓を打つのは一体いつ以来のことだろうか。気になって手帳を繰ってみると、3ヶ月前の3月6日に同じく明月館、しかも同じメンバーとだった。それどころか、数人で集まって会食すること自体、3ヶ月前のそれが最後だった。「この道はいつかきた道、ああ〜そうだよ〜」なのである。

昨日6月5日、いくつか所用があって錦糸町に出向いた。お昼時だったので食事処を探す。この2ヶ月ほど、どこぞの店に入って昼食を取ったのもたったの2回。(その顛末は「厚顔無恥とは『厚かましくて、恥を恥とも思わない』ことをいう」を参照:https://inkyo-soon.com/shameless/)駅ビルであるテルミナの5階に上がって店を物色する。カラッと揚がった天ぷらの香りに誘われて「天ぷら 船橋屋」錦糸町店に入る。小海老のかき揚げ、そうそうこうだった…。そしてまた思う、天ぷら屋さんに入るのはいつ以来になるのだろうかと。そうか、そうだった…。所用で訪れた今年の2月、東口の「天ぷら 船橋屋」新宿本店で天丼を注文したあの時が最後…。これも「この道はいつかきた道、ああ〜そうだよ〜」だったのである。久しぶりの天ぷらは、少々胃にもたれたけれど美味しかった。

「新しい生活様式」

6月に入って、あちこちからお声がかかるようになってきた。飲食店を営む近隣のお馴染みたちもいいかげん気にかかる。恐る恐る“パトロール”も再開するか。そういえば、新宿に向かう東京メトロ丸ノ内線は、銀座を過ぎたあたりから思っていた以上に混んできたっけ…。疑うことなく今までと同じように満員電車に乗り込むことが果たしてこれからできるだろうか?私たちが考えなければならないのは「新しい生活様式」などという小手先のエチケットではなく「新しい生活の仕方」だ。こればかりは「この道はいつかきた道、ああ〜そうだよ〜」というわけにはいくまい。願わくば、野鳥たちが私たちから遠ざかる必要のないものとなればいい。蛇がいたっていいさ。ああ、もうすぐ隠居の身。たまに見る分には、だけど…。

キングが小名木川で夕涼みの図
投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です