隠居たるもの、竜を描いて睛を点ず。「画竜点睛」の訓読であるが、「りょうをえがいてひとみをてんず」と読むそうだ。「中国六朝時代、梁の絵の大家 張僧繇が都である金陵の安楽寺に四頭の竜の絵を描いたが、睛を描き入れると竜が飛び去ってしまうと言って、睛を描き入れなかった。世間の人はこれをでたらめだとして信用せず、是非にと言って無理やり睛を描き入れさせたところ、たちまち睛を入れた二頭の竜が天に昇り、睛を入れなかった二頭はそのまま残った」(三省堂 新明解四字熟語辞典より)という故事から、物事を完成させるために最後に加えるべき大切な仕上げのたとえとして使われる。そう、山の家プロジェクトは仕上げの段階に入っている。
サニタリーの棚やらなにかはDIYで作る
DIYは「Do It Yourself」の略、つまり「自分でやるのさ」ということだ。散種荘はダイワハウスに建ててもらっているのだからして、概(おおむ)ねはダイワハウスが調達しやすい部材で構成されている。1階のフローリング材や薪ストーブ、軽いところではトイレのペーパーホルダーなど、こちらで用意したものもあるにはあるが、その他にスッキリとスノーボードを収納するかっこいい玄関収納やキッチンの棚など、大工さんに特別にこしらえてもらったものもいくつかあるが(「引越し」後にご紹介することもあろう)、そう、概ねは彼らが調達しやすいものを積み重ねて出来上がっている。そこにひとつ、避けて通れぬ困ったことが出来(しゅったい)する。水の廻り、つまりサニタリー(洗面所)やトイレ周辺の収納部材が私たちの好みに合わない。
恐ろしく高価で「こんなところにそんな金をかけられるか!」とテーブルをひっくり返したくなるもの(広くもないからその部材はそもそもからして入らない…)、もしくは確かに便利で水に強そうなんだけれども「どこかが恥ずかしくて、なにかを隠そうとしていない?」といった可愛らしくファンシーにまとめられたデザイン、このどちらかなのである。私たちは無骨でシンプルなものにしたいのだ。しかし、工夫次第でどうにかなりそうなそんな簡単なものまで大工さんやアオゾラカグシキ會社に頼んで予算超過額をさらに増やすのも忌々しい。そんなこんなで頭を抱えた結果、自分たちでこしらえることにしたのである。竜に点ずべき最後の睛(ひとみ)、それは水廻りの収納なのである。
toolboxのショールームに出向く
「うちのカミさんがね」刑事コロンボだったらそう言うところだろう。つれあいがtoolboxという建材、部材、パーツ屋さんを見つけた。基本は通販なのだが、目白にショールームがあるという。この新型コロナ禍、密にならないよう来店は「予約制」だという。どうにも好みに合いそうだし、昨日9月8日の午後2時に予約を入れて、まだまだ続く危険な暑さの中、久方ぶりに目白に赴いた。ショールームに一歩足を踏み入れるやいなや、「失敗した!こんなところにありやがったのか!もっと早く見つけてここに来るべきだった…」とどうにもしようがないのに後悔する。並べられたパーツは無骨で素っ気なくて、それだからこそ飽きがこなくてモノもいい、どことなくアンティークっぽい、とはいえ銘木ではない木材たちも好ましい。少人数のお客さんを相手にして、丁寧に教えてくれるスタッフたちもキビキビしていて気持ちがいいじゃないか。プロジェクトを始めた時から知っていたら、いろいろな物がもっと簡単に見つかっていただろうに…。
画竜点睛の下書き
アドバイスを受けて、どういう作り方をすればいいのか見当をつける。ここはあくまでもショールーム、在庫はないし購入することもできない。それをやろうとしたらとても大きな店舗が必要で、都心に店を構えるとしたらただ事ではなくなる。だからといって郊外に店を構えたりすると、品揃えそのものも変わるに違いない。電車で行って手ぶらで帰ることができるし、いい塩梅でツボをついているのだ。最後に、板の材質(実物を見たので、おそらく楢を選択することになる)の選択の仕方、それぞれのサイズをどうやって指定するのか、もちろん金物群も含めて、懇切にインターネットからの発注方法を教えてもらう。1時間を超える滞在はあっという間で、コミュニケーションを重視しながらも、それでいて軽やかに少しだけ新しくなった商いのスタイルに接し、その上で私たちの懸案もすっかり解決したし、小躍りしたくなるような心持ちだった。
リモート映えの女優ライト
toolboxを後にして有楽町のビックカメラに立ち寄る。洗濯機、掃除機、電子レンジ、そしてAppleTV、これをもって予定していた電化製品の買い物を終えた。白馬への配送を手配するころにはもうヘトヘト…。そうそう、最後の力を振り絞ってAppleTVを購入するためエスカレーターで5階に上がった時のこと、目の前に「リモート映え 女優ライト」ってえのがドーンとディスプレイされていて、「なるほど、これもご時世だ」とこれまた「在宅リモート」という新しい仕事のスタイルに触れて微笑ましく思ったものだ。すべてを済ましたら疲れちゃったんで、その後に有楽町で相も変わらない、メニューを減らして新型コロナ禍を凌いでいる中園亭で、餃子とともにビールを飲んで休憩した。ああ、もうすぐ隠居の身。そろそろ睛を描き入れる。