隠居たるもの、旅に出る理由がここにある。手元に置いた「TOURING MAPPLE R 2020 中部北陸(ツーリングマップルR 2020 中部北陸 )」の表紙に刷られたキャッチコピーの文言である。「旅」の横には「ツーリング」と細かくルビがふってある。書名の末尾についた「R」はライダーのRだ。二回りほど小さく刷られたコピーがもうひとつ書名の上にもあり、そこには「地図で見つける記憶に残る旅」と記されている。バイカー用の地図だ。私はオートバイに乗らないから、自分でこの地図を購入することなど思いつきもしなかった。じゃあ、何故に手元にあるのかというと、8月12日、大学の先輩後輩数人と新宿は馴染みの明月館で焼肉をつついた時、後輩に「定年退職祝い」とプレゼントしてもらったからだ。以来、つれあいともども思いついたようにページをめくっていたが、今日、山の家「散種荘」へ搬入する荷物の段ボールの中にようやく入れた。なぜか名残惜しい心持ちだった。

「先輩、どちらに山の家を建てるんでしたっけ」

会食が始まる少し前に、後輩からそんな電話がかかってきた。もちろん白馬と答えはしたが、「センマイ刺しでも食べながらその場で聞けばよかろうに」と、申し訳ないことに後輩の配慮には思いが至らず、いささか不審に思っていた。仕事の都合で少しばかり遅参した彼が「お疲れ様でした」とこの地図帳を私に差し出す。ずっしりと重い。52歳になる彼はバイカーだ。「バイクのツーリングに限らずドライブに使えますから」とのこと。パラパラと白馬近辺をめくってみると、「白馬岳の山麓に吸い込まれるように進む 大雪渓の冷気が降りてきて真夏でも寒い」と道のパノラマが解説されていたり、「オーナーはRC30を所有 ライダー御用達の宿」と同好の士が営む宿をそれとなく紹介していて微笑ましかったり、「ボリュームがあってリーズナブルな懐石料理が食べられる」と飲食店のワンポイントアドバイスがあったり、その他にもいちいち日帰り温泉が記載されていたりとやたらに芸が細かい。

彼によると、カーナビやGoogle マップらデジタルに押され続けた結果、発行元の昭文社はより細かいアナログ情報を盛り込むことで対抗しようと頑張っているんだそうだ。この地図を作っている昭文社の製作本部は江東区常盤は萬年橋のたもと、私のかつての徒歩出勤コースにある。「自動車は持たないことにしたんだ」と言ったら、「しまった」とばかり後輩は頭を抱えていたが、心配するな、レンタカー借りて日帰りのドライブには出かけるさ。こんなに素晴らしい地図があるんだから。「効率」とやらに逆らって紙の地図に愛着を抱くのもいかにも彼らしい。自分で地図を調べてみないことにはわからないことだってある。これからは私もこの地図を眺めて小さな旅に出る理由を探す。

マッカラン18年とモンテプルチアーノ・ダブルッツォ

酒飲みである私の友だちの中には、「近所の飲み友だち」というカテゴリーがある。約束もせずに馴染みの飲食店でばったり顔を合わすというのが常であったから、新型コロナ禍、以前のように頻繁に席を同じくすることはなくなった。しかし、たまには示し合わせて「久しぶり〜、元気?」などと少人数でそれぞれの話に興じることもある。その際にも「お疲れ様でした。山の家で飲んでください」とお酒をいただいたりする。「飲み友だち」であるからお酒なのである。大変にありがたく、いただいてからそのままダイニングに飾っていたのだが、これらも搬入荷物の段ボールの中に割れないよう忍び込ませた。散種荘で開栓する最初の酒にさせていただく。

ずらりと庵を占拠する段ボール箱の腹でパンダが笑う

先ほど、日本橋 西川で購入してあった枕とシーツが届いた。すっかり飛行機に乗ることがなくなった今日この頃である。調べてみると、使う見込みのないまま有効期限を間近に控える航空会社のマイレージがそこそこにあった。このままではもったいない。散種荘に置いておく工具セットと交換した。それもさっき届いた。もうひとつ、マイレージと交換したちょっとおしゃれなイワタニのカセットコンロも明日に届く。庵の廊下はもはやすれ違うことができない。その他に労力かけて探した脚立と冷蔵庫も明日と明後日に…。つれあいが言うには、こちらで使いあぐねていたけど山の家に合いそうな食卓まわりの品々がけっこうあって、それらもすべて段ボール箱に詰めたそうだ。私も持っていく本やレコードのほとんどを箱に収めてテープを貼った。明日あたり、この1年間の生活を彩ってくれたTechnicsのレコードプレイヤーも段ボール箱に詰めよう。封がされた段ボール箱がひとつふたつ増えていく。そして火災保険の証券はすでに届いているから大丈夫だし…。次週、「山の家プロジェクト」はとうとう大団円を迎える。ああ、もうすぐ隠居の身。ようよう一区切りなのである。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です