隠居たるもの、常に手入れに余念ない。30を過ぎてひょんなことからスノーボードを始め、どういうわけかツボにハマり、つれあいもグルグルと巻き込んで、気がつけば四半世紀の時が経っている。「山の家プロジェクト」の候補地を選別するにあたっても、「どのゲレンデからどれくらいの距離を隔てているのか」、ここは当然のことながら大変に重要なポイントで、結果、ゲレンデにほど近く、シーズン中は無料で運行されているシャトルバスに玄関先で飛び乗れば、容易にいくつものゲレンデにたどりつける白馬に建てることにした。四半世紀ともなると、夫婦合わせて5枚のスノーボードが手元にある。後生大事に手入れしてきたこれらも「引越し」をすることになる。

スノーボードの手入れは、つれあいの仕事場でする慣例になっていた

ここ清澄白河で暮らし始めたのは2002年5月からのこと。その一室を、衣服をこしらえることを生業にしているつれあいの仕事場とした。そこは冬の間、いく度もワックスを塗りつけたり削ったりするスノーボード手入れの作業場ともなる。人任せにもせず、現地で申し訳程度に塗りたくるのでもなく、アイロンワークにかけてはプロに違いないつれあいが固形ワックスをアイロンで伸ばして塗りつけ、力をふりしぼって私がそれら一枚一枚を丹念に削るのだ。大袈裟にいえば、この板に命を預けているわけだから、状態を顧みることなく手入れが不十分なまま乗るのは心許ない。そうこうしているうちに、ともに雪山を落ちていく板っきれにも愛着が湧くっていうものだ。

今から10年前の2010年の9月、母親が脳梗塞で入院したのをきっかけに、一人暮らしとなった親父がいつでも寝泊まりできるよう、つれあいの仕事場はすぐ近所の外に借りることにした。東日本大震災を経て、親父とはそのまま同居することになる。2011年11月に母親が、2015年1月に親父が逝って、両親ともに看取った後も、その部屋は居室としてリフォームを施されたが、仕事場に戻されることはなかった。つれあいが言うに、仕事場はほんの近くだったとしても、外にあった方が気持ちの切り替えができて良いのだそうだ。幸いなことにこの間に仕事も少しだけ大きくなった。より狭くはなるけれど、月々に支払う家賃より少ない額でローンが組める物件が見つかって、2016年5月に移転もした。スノーボードを保管し手入れをする作業場もこれらに合わせて転々と引っ越すことになった。そして、そこから各地のゲレンデに送り出されていた。

鳥芽囁からの引越し準備

茶道を嗜むつれあいの狭い仕事場には、最新の移転以来、思い切って茶室が併設されている。マンションの1階なものだから、ほんの小さな庭もある。そこに猿江公園や木場公園、清澄庭園あたりから小鳥がやってくる。新緑の季節に目にしたそんな光景に心が躍って、茶室を「鳥芽囁(ちょうがしょう)」と名づけた。婦人服のアトリエと茶室が並び、合わせてスノーボードが保管手入れされるハイブリッドすぎる空間である。

その鳥芽囁からも引越しの荷は搬出される。スノーボードとそれに付随するビンディングやスノーボードブーツ等の関連用品の数々、昨日に引き取った冷蔵庫(引越しに際して、1階から運び出す方が楽であろうと、Joshin webからこちらに届けてもらった)、組み立て式二段ベッド2台のうちの1台、そしてダイニングチェア4脚。今になって明かすが、このダイニングチェア4脚ってのがまた、Technicsのレコードプレイヤーに匹敵するフライングだったのである。なんてったって昨年の11月に購入して、今年の1月までグズグスと配送を遅らせてもらったあげく、それからはさほど広くない鳥芽囁で汲々と使っていた。ハンス・J・ウェグナーによって1950年にデザインされたCARL HANSEN & SONのYチェアである。自然に囲まれた環境に映える素晴らしいプロダクツだから「ううん…」と悩んでいたところ、昨年の11月に3脚購入で1脚プレゼントなんてとんでもないキャンペーンをするんだもの…。元からの価格設定がおかしいのか、これぞアベノミクスの反映なのかはいざ知らず、大いに迷った末に腹を括って購入していたのだ。「ああでもないこうでもない」と試行錯誤して、後生大事にとっておいた梱包材をなんとか正しく使って(多分、間違ってないと思うけど…)、ようやくのこと荷をこしらえた。

隠れるように隅に潜んでいた棚板

ギックリバッタリやっていたら、部屋の隅から「板」が出てくる。亡き父と同居する前まで、庵の一室をつれあいが仕事場にしていた頃にそこで使っていた棚板だ。必要なこともあろうかといくつかとっておいたのだ。近所の住吉にあるホームセンター シマチュウで、必要な時にただ板を渡すだけの「簡易テーブルの脚」に目をつけていた。山の家のウッドデッキで重宝するだろうけど、適当な板がないから保留にしていたのだ。「これを使わずしていったい何を使う」という絶好の「板」が現れた。引越しに間に合わせようとおっとり刀でシマチュウに駆けつけ、早速2本ひとそろい買ってきた。これで鳥芽囁の引越し準備も完了だ。近々に、あるべきものがあるべきところに移動する。山の家にはスノーボード手入れ用の折り畳みスタンドも導入しよう。どこにいて何をするか、やりたいことに照らし合わせてどこに身を置くか、今後の暮らしはスッキリとわかりやすくなるだろう。大事なことをなんとなく流してしまうことも少なくなるに違いない。ああ、もうすぐ隠居の身。常に手入れに余念がない。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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