隠居たるもの、雪が溶けて川になると歌い出す。日本海から北日本にかけて寒波におおわれている今日2月17日ではあるが、つい何日か前までは、まだ2月だというのにすっかり春のような陽気に包まれていたのだ。緩い傾斜の上に建つ白馬の散種荘の屋根雪は、日中を通して溶けてポタポタしずくとなって落ち、それがまとまって川になるんじゃないかと妄想したし、東京に戻って散歩に出た昨日の木場公園では、ふりそそぐ陽光に閉じていた上着の前を開き、それでもおっつかないので脱ぎ去って手に持ち軽やかな心持ちになった。春めいた外気を感じるそんな時、私の耳にはいつもキャンディーズ「春一番」のイントロが流れ出す。

生まれて初めてのアイドルはキャンディーズ

「春一番」は、1976年3月1日に発売されたキャンディーズの9枚目のシングルで、売上累計は49万枚だったそうだ。私が小学5年から6年になる春のことで、墨田区の小学校、同じクラスの女子たちがよく何人かで並んで歌っていたことを想い出す。とにかく、この曲は素晴らしい。冬が終わり春になるときのどこかソワソワする解放感、それに合わせて「重いコート脱いで出かけませんか」、つまりもうひとつ成長しようと歌われるその裏にひそむどことなく切ない覚悟、そんなこんなが3分6秒に凝縮されている。私は生まれて初めて女性アイドルのファンになった。そんな年頃でもあったのだろうけれど、今でも伊藤蘭には頭が上がらない。

facebookが「過去の思い出」をよみがえらせる

2月16日、facebookが「あなたは1年前のこの日に、こんな写真をアップしてこんなこと言ってましたよ。あらためてこれをシェアしてこの1年を回顧してみてはいかがですか?」とお節介にもほどがある通知を寄越してきた。そうだった、2020年2月16日、私たちは富良野スキー場にいたのだ。そう、この日が境だった。マスクをする習慣を持たなかった私が、移動中ずっとマスクを外さなかった。飛行機に乗ったのもこれが最後だ。以来、新型コロナウィルスに対して真剣に警戒するようになった。豪華客船ダイヤモンド・プリンセスの集団感染が明らかになり、ワイドショーは大騒ぎ、世情がいよいよ殺伐とし始めていた。右曲がりの方々は、「あれは英国船籍で、横浜沖とはいえ公海上に停泊していて日本国内ではない!だから日本の感染者数に計上するな」と大きな声で息巻いた。「長崎で建造、日本発着、多くのスタッフが日本人、そして日本らしいおもてなし」を売り文句にしているにもかかわらず、ことここに及ぶと酷い仕打ちをするものである。今やダイヤモンド・プリンセスでの感染者や死者を計上するかどうかを問いただす人はいない。無策を重ねた1年を経て、それを足すか足さないかは「誤差」の範疇でしかなくなったからだ。

そして季節は一巡する

あれから1年である。いまだ隠居にたどりつかない我が身、その後の3月末には在宅勤務を命じられ、そのまま夏に「定年退職」し、今に至る。あとひと月もしたら、ほぼ「家」にいるようになってからだって、かれこれ1年となる。せいぜい「家」の近所で外気にあたって遊んでいるばかりで、友人と酒を酌み交わすのもままならないまま(おかげ様でなけなしのお小遣いが長持ちしているけれど)、季節が一巡する。必死に流行り病に対処する人たちがいて、一方でこれを機に「風通しがよく暮らしやすい」社会に変えようと努力する人たちもいて、なのに既得権益を手離したくない人たちが「密室」(ゆえに会食が必須)でせっせとその邪魔をする。「総合的・俯瞰的に」見渡して、「透明性」が確保されたことなんかない。かれこれそんな1年だった。もう「重いコート脱いで出かけませんか」なのである。

今年の2月4日、ここ東京では過去最も早く春一番が吹いた。平日の日中、木場公園には保育園や幼稚園からまとまってやって来た幼児たちの嬌声が響き渡る。暖かさのあまりに、軽いアウトドア用の上着を脱ぎ去った昨日の昼下がりもそうだった。やはり「北風より太陽」だ。陽光にその気にさせられて「そろそろ新しいことを探してみようか」とも考える。ああ、もうすぐ隠居の身。こんな時、キャンディーズ「春一番」のイントロが流れ出す。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です