隠居たるもの、いつになく静かな年の暮れ。2025年12月24日、私たち夫婦は姪夫婦とメロン坊やが暮らす部屋でテーブルを囲んでいた。メロン坊やの父親であるサッカー部の後輩は残念ながら仕事で不在、「小さな子どもを持つ父親をクリスマスイブに働かせるなんざ、あいつが勤める会社はいったいどういう了見なんだ?」とひとくさり小言を口にしてみると、「シフト希望を出すのがうっかり遅くなって、そしたらさすがにこの夜は誰もが早く帰りたがるからその穴を埋める役を受けざるを得なくなったそうで」と姪、報道機関で働く以上それも仕方があるまい。その前日の23日も若夫婦はともに勤め先の大きな忘年会がかち合ってどうにもならず、私たちが庵にメロン坊やを預かりにぎにぎしく「お泊まり保育」をしたのだった。働き盛りの夫婦にとってやはり年の瀬というのはせわしない。ところが今年の私たちに限っていえば、たまたまの巡り合わせでそうなっているのか、それとも今後はずっとこうなのか、師が忙しく走り回るという師走にも関わらず、一向に忙しくないのである。

松本の12月12日の夕暮れ

 中高同級生たちと品川区は五反田の中華料理屋で忘年会を催し締めに焼きそばをすすったのは12月10日、翌11日の昼少し前に新宿を出て白馬に着いた夕方4時にはちらほらと雨が降り出した。その雨は夜更けを待たずに雪へと変わり、一夜が明けて朝を迎えカーテンを開けてみれば、あたり一面の銀世界。昨晩のうちに届けられていたレンタカーも雪に埋まっていた。私たちはこの日、松本まで行って帰って来なければならなかった。来年初夏納車を計画する自動車の正式発注のためだ。天気予報を精査してみると、雪が降ったのはどうやら標高600mを超えたところで、それより下は雨、それも昼までにはすっかり上がるという。

 同級生との忘年会の席でハーモニカのT師匠から「スピーカーをアップグレードできるかどうか、確かめた方がいいよ。後で取り替えることができないパーツだからさ」とアドバイスを受けていた。音楽好きでなければ気づかない大切なポイントである。彼が探してLINEで送ってくれた資料を見せながら若い担当者に確かめてみると、彼女はいささか困惑気味。スマホの拡張装置と化した今日のカーナビ・カーステレオ標準装備において、そのようなリクエストをする客なぞもうおらず、すでにオプションとして用意されていない、そう言うのだ。ならばと試乗時に私のスマホをBluetoothで繋いでみると、フロント2台・足元2台・リア2台=合計6本の標準スピーカーセットは立体的で申し分ない音を出す。充分である。それを含めて細かなオプション類を最終確認し、今後の段取りについてやり取りし、予定通りに正式発注、担当者と晴れやかに別れた。「それにしてもスピーカーのこととかさ、やはり『古い人間』になりつつあるんだよな(笑)。でも車を再び手に入れたらさ、こんな夕日にも頻繁にお目にかかれるだろうね」などと語り合いながら、私たち夫婦は白馬に戻った。

おニューのブーツでシーズンイン

 12月13日土曜日、五竜・47スキー場のシャトルバスの運行が始まった。前日の朝までに降った雪でコースもそこそこ、おっとり刀で駆けつけ私たち夫婦の25/26シーズンは開幕した。となれば楽しみなのは「おニューのブーツ」。松本から帰るなりぎっくりばったりボード一式のセッティングを始め、新調したブーツに試しに足を差し込んでみる。するとそれまでの華やいだ心持ちに暗雲がかかり、疑心暗鬼が渦巻いた。硬過ぎるのだ。とりわけても左足、なかなか差し入れることができず「え?これアキレス腱が切れちまうぜ?」と不安すら抱く。若いころにサッカーをやっていた私は右利きで、インサイドキック、インステップキック、インフロントキック、アウトサイドキックを場面に応じてそれなりに使い分けていた右足首はかろうじて柔らかいものの、蹴り足としてほとんど使っていなかった左足首はそれに比して如実に固いことに気づく。年を重ねてそれがより固くなっているのだから始末が悪い。やはり知らず知らずのうち確実に身体も「古い人間」になっているのである、とほほ(笑)…。

 とはいえバタバタ試行錯誤しているうちにコツをつかむ。なんとか履いて滑っているうちにその硬さにも馴染む。するとなると「かっちりホールドするこの感じがいい!」とご満悦。合わせて新調したビンディングもストレスフリーでスムーズなレスポンス、具合がいい。夏から秋にかけて山に登るためゴンドラやリフトに乗るたび「ああ、早く滑りてえなぁ」などと必ずや冗談めかして口にしていたのだが、8ヶ月ぶりなんとか無事にシーズンイン、スノーボーダー歴をまた一年更新したわけだ。

年賀状を作りつつ離れの図面を検討する

 仮にも師走であるから、どん詰まりでにっちもさっちもいかなくなっては困るので、スノーボードばかりにうつつを抜かしているわけにもいかない。それに初老の身である私たちには一日中がっついて滑っていられるほどの持久力もない。適当なところで早々に散種荘に戻り、持ち込んでいたPCでちまちまと年賀状を作ってみたり、地元工務店の社長が持ち込んだ春から建設が始まる予定の離れの図面を囲んで3人で細目を調整し合ったり、ひとつひとつこなすべきことを前に進めていた。そして様々な用事を集中して済ますべく、数日の間だけ東京に戻ろうかと段取りしていたところ、近江八幡で暮らす友だちからLINEが入る。シニアスキースクールに参加しまた白馬に来ていて「夜に散種荘に立ち寄っていいか」という。

朋あり遠方より来たる

 12月18日の夜、大学時代の同期である夫婦がお姉さんを連れて遊びに来た。先のシーズンの終わりがけ、偶然に47スキー場で邂逅して以来、顔を合わせるのは今年これで3度目だ。離れて暮らしていることを考えればけっこうな頻度である。とにかくこうして会えるたび嬉しく思う。それも運よくお互いなんとかかんとかやってこれて、幸いなことめでたく「古い人間」になりおおせたからに違いない。先日の「ブラタモリ」を引き合いに「時間だけはたっぷりあるしさ、納車されたらドライブがてら近江八幡まで行くかもしれないよ」「それならぜひ来てよ、絶対に案内するし」とお姉さんも含めて会話ははずむ。しかし、また会う約束など明確にするわけでもなく、そのまま「それじゃまたな」と別れるわけだが、そんな古くからの友だちながらのゆるさがいい。なんてことを思っていたら「待てよ、それ、どっかで聞いたことあるぞ?」と気がつきなんだか照れる。今から半世紀前の人気青春ドラマ「俺たちの旅」の劇中歌、中村雅俊が歌う小椋佳作詞作曲「ただお前がいい」の一節だった。

重大な決断を下した年の暮れはいつになく静かに過ぎゆく

 それから東京に戻り、地元の飲み友だちと久しぶりに一堂に会し、年賀状をプリントして投函し、ご無沙汰していた大先輩たちとの忘年会に臨んだ。そしてメロン坊やのお泊まり保育とクリスマスパーティーを経て、また白馬に戻るつもりであった。しかしこの年の暮れ、松本にドライブしたあの日以来、順調に雪が降り積もらずスキー場はまだまだ完全には準備が整わない(これを執筆している26日、心待ちにしていた大雪がやっとのこと降ってくれたようだが)。よって年内の白馬行きは取りやめた。するとなるとやるべきことがぽっかりとない。四半世紀に渡り暮らしてきた深川の庵は来春に引渡し、なので年末恒例のビックイベント、大掃除を今年は実施する必然がない。その代わりにこの間に業者と打ち合わせして2回に及ぶ引越しの日取りを双方ともに正式に決定し、一方で廃棄する物の見当をあらかたつけたりしたのだが、それもせいぜい一時間、実際にはまだ労力も時間もかからない。だからいつになく年の瀬を静かに過ごしている、とまあこういうわけだ。

 はてさて午年となる来年、そんな私たち夫婦はどうなることやら。そういえば、来春から小学生になるメロン坊やは祖父から贈られたランドセルを誇らしげに背負ってみせてくれたっけ。そして2025年の省察はここまで。ああ、もうすぐ隠居の身。みなさま、よいお年を。そして来年もよろしくお願いいたします。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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