隠居たるもの、季節が変わってモゾモゾ動く。2021年も4月になった。山から降りればすっかり雪が溶けた白馬である。雪の季節に大事に保護されていたシンボルが、再び陽光の下に鎮座ましました。東京では見たこともない虫がそこかしこで蠢動し始める。それを狙ってか鳥たちも活発に翔びまわる。彼らに新型コロナは関係なさそうだ。枯葉の下からカタクリが花を咲かせ、気がつくとふきのとうがそこら辺の道端に顔を出している。冬の間に生じた差し障りを直しているのか、人もカンカン音をたてて屋外の作業をし始めた。だからといって新型コロナを恐れる必要もなさそうだ。なにぶん密になりようがない。季節が劇的に巡っている。
「それはデンジャラス」
春夏秋冬すべての季節を過ごしてからでないと「山の家完成宣言」はできないと考えていた。案の定、秋を経てからどっさり雪が降った冬を経験し、「トウシロウ」丸出して甘く見ていたこと、「雪が積もってほしくない」場所はどのあたり、そんなこんなを思い知った。ホームセンターに並んでいるものを購入して持ってきて据え置いて済むわけでもなさそうだ。だとすると悠長なことも言っていられない。次の雪の季節が来たら、また身動きが取れなくなってしまう。必要とする工事をそれまでに終わらせたいのであれば、さらにプランやら見積もりやらをじっくり検討しながら進めるつもりであれば、一刻も早く着手する他はあるまい。私はどちらかというとせっかちに「じっくり検討」しなければ気が済まないタチだ。だから雪解け早々に、別荘地管理事務所に紹介を頼み、雪を熟知する地元の工務店さんに打ち合わせに来ていただいた。私「ここをこうするのはどうでしょうねえ?」手練の棟梁という感じの社長「それはデンジャラス、多分60センチ下を水道管が通っているなあ」なんて丁々発止のやり取りをしつつ、次にはプランを見せていただく約束となった。
小谷ファットバイクセンターは「もっととったほうがいい」
4月に入っても、スキー場が開いている限りゲレンデに出て滑っているわけではあるが、山裾から順番にコースが閉鎖されていく。もう趣向を変えなければなるまい。違うものに乗り換えるのだ。私たちは、それぞれに自転車を持ち込んでいる。ただし、このところ東京であまり乗っていなかったから2台ともメンテナンスが必要で、頼りになりそうな自転車屋さんが最寄りに見当たらず困っていた。インターネットで検索して隣の小谷村(おたりむら)の「小谷ファットバイクセンター」にいきあたる。太いタイヤで雪道でも乗れる自転車を売りにしている店のようだが、小谷村・白馬村ならどんな自転車も出張して修理するという。恐る恐る頼んでみた。やって来た新井さんは、サイクリングツアーも主催する自転車愛に溢れる人だった。つれあいの20年来の愛車KLEIN アティチュードはパーフェクトに復活。私の愛車 キャノンデールBAD BOY 2007年モデルはこの際オーバーホールに出し、ハンドルも2センチずつ合計4センチ短くしてもらうことにした。彼は宇都宮出身で、山に惚れてずいぶん前に移住してきたという。
「いくら?」と尋ねてビックリ。「いやあ、皆さんに自転車に乗ってもらいたいんすよ」という自転車への変態的愛着はひしひしと理解するが、出張してるんだからもう少しとった方がいい。復活なったつれあいのKLEIN アティチュードに久しぶりにまたがってみた。行きはよいよい、しかし帰ってくるにはなだらかに続く「心臓破りの坂」を登って来なければならない。でも大丈夫、ペダルを踏む限り自転車は前に進むのだ。ギアを駆使し息を切らしてなんとか帰宅した。今度、新井さんのツアーにでも参加してみるか。鍛え上げる準備は整いつつある。「この春は恐ろしく雪解けが早い」現地の人みなが言う。
ヒヨドリのヒヨちゃんはうちの子
「デンジャラス」な棟梁に頼むであろう追加工事が目論見通りにいけば、今はとりあえず屋内に置いてある自転車をはじめとしたアウトドアな道具があるべき場所に落ち着き、生活空間はゆったり広がるはずだ。そううまくはいかなかったとしたって、それをいかに解決するか、それがまた悩ましく楽しかろう。その間に、然るべき人を探し、新たな知己を得る。今回の滞在では、他にもチーズレストランを切り盛りする女性2人組と懇意になり「近い将来に酒盛りをしよう」と約束したりもした。散種荘を片づけることで手一杯だった引渡し直後の咋秋、雪に埋もれることに慣れながらひたすらスキー場に通ったこの冬、ふたつの季節を経て「山の家プロジェクト」の第二幕がこれから上がる。準備が整い「ドアの向こう」に世界が延びる。ああ、もうすぐ隠居の身。留守番はヒヨドリのヒヨちゃんに頼んでいる。