隠居たるもの、不意な旅情に身をひたす。善光寺参りをするつもりなどなかった。2021年4月1日木曜日のこと、私たちは13時04分東京発あさま613号に乗った。駅弁を食しながらの移動は久しぶりで、崎陽軒のシウマイ弁当に上機嫌に舌鼓をうちつつ14時47分に長野駅に着いた。そして15時12分発白馬行きの高速バスに乗り込むはずだった。ところが、予定していたその便の運行がなくなっている。スキーシーズンを念頭に置いた冬ダイヤが3月31日で終わり、この日から春夏秋ダイヤへと移行していたのだ。新しいダイヤによると次のバスは17時10分…。この2時間23分という中途半端な時間をどうにかせねばならない。長野駅最寄りの観光といえば、歩いたって駅から29分、言わずと知れて善光寺参りなのだ。

牛に引かれて善光寺参り

信濃国の小諸というところに欲深いばあさまがおったそうな。ばあさまが軒下で布をさらしていると、どこからか牛がやってきて布を角に引っかけて走っていったそうな。ごうつくばりのばあさまは、「待てえ」と怒って牛を追いかけたそうな。だけども牛の足は速くて追いつくことができん。とうとう善光寺まで来てしまった。善光寺の金堂前ではあはあやっていると、足元に牛のよだれが溜まっておる。はて、これは文字ではないか?「うしとのみ、おもひはなちそ、この道に、なれをみちびく、おのが心を(牛とのみ、思い過ごすな、仏の道に、汝をみちびく、己が心を)」そう書かれていたそうな。これを見たばあさまは、善光寺の阿弥陀如来様の前で念仏を唱え、その日は布を探すことをやめて家に帰りおった。それからばあさまは信心をするようになったのじゃが、しばらくしてたまたまお参りした観音堂でのことじゃった。観音様の足元に牛にとられたはずの布が置いてあるではないか。ばあさまは牛が如来様の使いとなった観音様の化身だったことに気づき、より信心深くなり、なんとか極楽往生を遂げることができたそうな。

「牛に引かれて善光寺参り」とは、思ってもいなかったことや他人の誘いによって良い方に導かれることを例えた「ことわざ」なのだそうだ。思いもよらずバスがなくなって、致しかたなく善光寺を詣でた私たち、これぞまさしく「牛に引かれて善光寺参り」だったのである。

落語の「お血脈(おけちみゃく)」という噺

善光寺の来歴は落語になっている。その来歴とは「善光寺の御本尊 一光三尊阿弥陀如来は、インドから朝鮮半島百済国へと渡り、さらに552年、仏教伝来の折りに百済から日本へ伝えられた日本最古の仏像といわれている。この仏像は、仏教の受容を巡っての崇仏・廃仏論争の最中、廃仏派の物部氏によって打ち捨てられた。後に、信濃国司の従者として都に上った本田善光に見出され、信濃の国にもたらされる。そして善光の名を取った「善光寺」が建立され、644年そこに祀られた」というところ。それが落語になると「捨てられた阿弥陀如来が水中から善光の名を呼び「信州に行きたい」と可愛く語りかける、善行は如来を背におぶって信州に連れて帰る、如来を祀る善光寺が建立されると、ここの「お血脈(ハンコのようなもの)」をいただくと極楽往生できると評判が評判を呼び巡礼者が押し寄せる、おかげで誰もが極楽往生してしまうものだから地獄が不景気に陥る、そこで「お血脈」を奪ってしまおうと閻魔大王が地獄から大盗賊 石川五右衛門を送り込む」という荒唐無稽でドタバタな噺となる。「一生に一度お参りするだけで極楽往生が遂げることができる」とされた善光寺は、こんな落語になるほどの大人気スポットだったそうだ。しつこいが、思いもよらずバスがなくなって初めて訪れたのである。一生分のお参りがこれで済んでしまった。これを「牛に引かれて善光寺参り」と言わずしてなにをそう言おうか。

しかし長野市は新型コロナ特別警報レベル5なのだった

駅からの参道を含め、驚くほどに人影はまばらだった。春の陽気の中、座って休憩することもなく、私たちはゆっくりと旅情を味わった。休みでもない木曜日の午後遅くという時間帯にもよるだろう。しかし、人出が少ない理由はそれだけではなかった。全国ニュースでは宮城県や大阪府、下げ止まった東京都の新型コロナ感染者ばかりが取り上げられる。しかしこの間、今までに経験したことのない勢いで長野市でも感染者が急増していて、この日は感染対策強化期間の真っ只中だったのだ。県をまたぐ往来は控えてくれ、と長野県知事が怖い顔をしていた。前日3月31日の新規感染者数も長野市だけで30人ほど、静かな地方都市からすれば肝を冷やす数字である。知らなかったとはいえ、呑気に「旅情」などと大変に申し訳ない。なにひとつ不埒な行動はとっていないので平にご容赦を…。と冷や汗をかいたが、おや?どういうことなのだろうか?参道のあちこちに看板が立てかけられており、そこには「18:30〜20:00 この周辺通行止め」とある。牛に引かれたわけでもないのに、聖火リレーが善光寺参りをするというのだ。通行止めが始まる1時間ほど前、私たちはバスに乗り込んで長野駅を後にした。

聖火リレーをかいくぐる

「ええ、盛り上がりました。でも、他所からも人が来るのかと思って、時間に合わせて駅で客待ちしてたんですけどね、まったく来ませんでしたね。地元の人間が集まっただけでした。でも、長野なんか大変ですよね。善光寺までコースに入れたのに、新型コロナが急に増えちゃって無観客だってことですから」18時20分に白馬に到着、乗り込んだタクシーの若い運転手から聞いた話だ。白馬で聖火リレーが行われたのは16時31分から17時01分のことで、私たちがバスを降りたのは終わって1時間ほどしたころだった。夜にSNSにアップされた動画に接することができた。地元の人たちが密というほどでもなくのどかに集まってなんか嬉しそうで、最終ランナー、白馬高校出身、白馬村のスター、モーグルの上村愛子を囲んでいる。愛すべき人たちだ。ううん、だからこそなんだろうな、なんか釈然としない…。ああ、もうすぐ隠居の身。善光寺参りは牛に引かれてこそだ。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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