隠居たるもの、若い衆の仕事に目を瞠る。私が暮らす街に、やたら背の高い青年が一人で切り盛りする家具屋さんがある。彼が商うのはオーダー家具と木の日用品だ。今日は天気が良かった。小名木川の遊歩道を隅田川に向かって西に進み、高橋をくぐってから清澄通りに上がり、橋を渡って1本目の脇道に入る。元関脇 寺尾の錣山部屋の近くに彼は店を開いている。アオゾラカグシキ會社(https://www.aozorakagu.com/)。1週間前に「時間があるときに店に立ち寄ってくれろ」と彼からメールをもらっていた。
彼はとてもキレイな家具を作る
店を開いているのは土日と祝日のみ。いい若いもんが平日に何をしているのかというと、東村山の工房で家具をこしらえている。店でお客さんと打ち合わせをするのも、それに応じて家具を作るのも、代金を決めて商売として成り立たせるのも、言葉そのままに「一人で切り盛り」している。以前は今の場所ではないがやはり清澄白河で、路地を入った奥まったところに工房を併設してやはり一人でやっていた。散歩のついでによく立ち寄った。「物を作るのが好きなんだろうけど、コミュニケーションは得手ではないんだろうな」彼のことをそう思っていた。工房から出てきて応対するのが億劫そうだったからだ。何年か前に、アオゾラカグシキ會社の工房兼店舗だった建物は取り壊され、路地だった区画も整理されて、3軒ほどの建売住宅が建った。スツールを一脚だけ作ってもらったことがあったし、かつて工房だったあたりを通るたびに「彼はどうしているのだろうねぇ」と気遣うような心持ちになっていた。小さな店として清澄白河に戻ってきたのはずいぶん経ってからだったと記憶している。
近頃では雑誌にも紹介されている
また散歩の途中に立ち寄るようになった。靴を脱いで上がる形になった新しい店は、以前よりも居心地がいい。彼が作るもともとキレイな家具もより身近に美しく映える。店舗と工房を分けたことで、こじんまりとしたショウルームとして店の収まりが良くなったのだろう。また、結果として、彼自身がうまく気持ちを切り替えることができるようになったのではないかとも勝手に推察している。上り口に置いてあるオニツカタイガーの彼のスニーカーはやはり大きい。そんなこんなの徒然に、気が向いた時に彼の店を冷やかすばかりだったわけだが、ある日、突然に啓示にうたれた。「あ、彼に頼もう。彼しかいない。」と。
山の家のリビングセット
進行中の「山の家プロジェクト」、そのリビングセットである。木に囲まれ風が抜ける小屋の家具が重々しくちゃいけない。悪趣味にもアーバンな高級感が漂ったりしたらどうにもいたたまれない。ブランデーグラスも持っていない。そう、オーソドックスだけど軽やかでシュッとしている、アオゾラカグシキ會社の友繁さんが作る家具こそがふさわしい。そんな啓示にうたれたのは去年の春か。以来、打ち合わせを重ねてそろそろ佳境だ。今日、チェア2脚のクッションの布地も決めてきた。すべてが揃うにはあと半年くらいの時間を要するだろうが、とても楽しみでならない。彼は本当にキレイな家具を作る。ああ、もうすぐ隠居の身。彼が作った家具は森の木々と一体化するだろう。