隠居たるもの、気配を感じる野性の呼び声。2021年10月8日夕刻のこと、スマホアプリ「防災白馬」が「クマ出没」と注意を喚起する。夏が終わってからというもの、これで4度目だ。7日の夜には東京で震度5の地震に遭遇し、かすかに突き上げてきた縦振動に「これは…」と身構えるやいなや、やはりスマホからあのけたたましい警告音が鳴る。油断も隙もないというか、ぼうっとしていると大変な目にあう「世の中」である。日曜のお楽しみ「日曜美術館」で動物写真家 宮崎学を特集していた。現在、東京都写真美術館で「イマドキの野生動物」展が催されているという。野生のツキノワグマの写真も多く展示されているようだった。10月7日の午後、私たちは恵比寿の写真美術館に足を運んだ。

庭の片隅に唐突に出現した白い毛の正体

9月20日のことだった。ようやくカッコがついてきた白馬 散種荘の庭の端っこも端っこ、周囲の林とのいわば地境あたりに、突如フワフワした謎の物体が出現する。白い「毛」のようなものがミシッと生えていて、引っ張っても抜けない。「これはなんだ?キノコのようなものか?」などと首をひねってはみるものの見当がつかない。「これはなんらかの獣のフンで、その獣が持つ特有の菌がフンを栄養にして発芽した」などと無理矢理な想像をしたりした。長野県伊那谷で生まれ育ち、今もそこで野生動物の写真を撮る宮崎学が明快に教えてくれた。「彼らの通り道にはタヌキの公衆便所があって、そこでフンをよく見れば、近辺で何が起きているかわかる。フンに毛が混じっていることだってある。死んだ動物(たとえばイノシシや鹿)の肉を、タヌキが食べたんだろうと見当がつく。すると近くに死んで横たわっている動物がいるということだ。この毛はフンにびっしりと絡んでビクとも動かないんだけど、しばらくして雨が降るとフンが緩む。そうなると小さな鳥たちが巣の部材として毛を持っていってしまう。そしてフンは完全に土の養分になる」9月の末に散種荘に帰ってくると、白い毛は無くなっており、フンはただの土くれとなっていた。

斬新な撮影手法のもとに「野性の呼び声」が聞こえる

日本に生息する猛禽類のすべてを写真に収めるという偉業を若くして達成した宮崎学であるが、その撮影過程で「五感に優れた野生動物を前に、人間の気配を消し切ることはできない」と気づいたそうだ。そこで彼は、赤外線センサーなどを駆使した無人撮影装置を手ずからこしらえる。中卒で働きに出た光学機器工場で身につけたものが今に役立っているという。そしてそれを獣道などに設置し、ありのままの野生動物の瞬間を切り取ることに成功する。好奇心旺盛なツキノワグマやご陽気なタヌキ、神出鬼没なテンが暗闇で躍動する。彼は今もその手法に磨きをかけているのだが、「シャッターを自分の手できっていないのだから邪道だ」だとか「作り物なんじゃないか?」とか、常に批判を受けてきたという。それじゃあAI相手に将棋研究をする天才 藤井聡太は邪道なのか?くだらない。そうしたことも含む「人間の傲慢」を彼の写真は教えてくれる。

東京都写真美術館「イマドキの野生動物」10月31日まで https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4025.html

クマに襲われないいちばんの方法はクマを知ることだ。

「生と死」の果ての完璧な「自然の循環」を定点観測したり、宮崎学の作品にはある種の「厳粛」がある。展覧会の図録にしたら2,600円と廉価だったので買い求めた。ミュージアムショップを逍遙していてもうひとつ気になる本「ツキノワグマのすべて」を見つける。表紙に「森と生きる。」とサブコピーがある。帯には「クマに襲われないいちばんの方法はクマを知ることだ。」とある。これは必読だ。つんのめるような気持ちで合わせて買い求めた。どちらにしたって私たち人間風情からすれば、ツキノワグマは先住民なのだからして機嫌を損ねちゃあいけない。それが仁義ってもんじゃなかろうか。能天気に「気候変動?そもそも気候変動なんて起きているのか?そうだとしたって人間は抜本的な解決策を編み出して乗り切るさ」と、最もCO2を輩出する部類の人たちがニカッとホワイトニングした歯を見せつけてのたまうわけだが、歴史上、人類は「自然の猛威」になすすべなく飲み込まれ続け解決策を編み出したためしがない。もう馬鹿は相手にしない方がいい。

クマを気にかけていた私は、いま熊本にいます

つれあいの実家、熊本に来るのは2年と8ヶ月ぶりだ。ようやく登場人物全員の準備(ワクチン接種2回と抗体形成)が整った。私たち夫婦が8日に前入りして場を温めておき、そしてこれから、メロン坊や御一行がやって来る。ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんに初めてひ孫を引き合わせるのだ。ところで東京のみなさん、地震は大丈夫だった?しかし熊本の人に「いやあ、すごく揺れたんですよ」とはなんだか言いづらいものだ。ああ、もうすぐ隠居の身。ここではくまモンは友達なのである。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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