隠居たるもの、じっと窓の外を眺めやる。昨年の暮れから今年の幕開けに際し、立て続けに大きな寒波が襲来したため、白馬にもそれはたくさんの雪が降った。この雪は、散種荘を取り囲む樹々の枝先にいたるまでたっぷりと積もり、見渡す限りのあたり一面を白く彩った。そんな時も落雪にハラハラしながら雪中散歩を楽しんだりしたわけだが、この間に暖かい日もあり、そんな日は雪ではなく雨になることもあって、21日に到着した先の滞在中、窓から眺めやる樹々の先々から雪はすっかり落ちていた。文字通り「止まり木」が姿を現したからだろうか、そうなると色とりどりの愛らしい奴らがあちこちから飛来してくるのである。
アカゲラはキツツキ目キツツキ科
(財)日本野鳥の会が出版している「フィールドガイド 日本の野鳥」という本を、散種荘完成に合わせて購入し散種荘に置いている。こちとら街場育ちの「もやしっ子」なもので、色も鮮やかな小鳥たちがせっかく遊びに来てくれたところで、その子たちの名前の見当もつかない。そこで日本野鳥の会である。さすがである。訪問者が飛来すると、慌てて写真を撮ってみる(そんなだからズームしてしっかりピントを合わせることが難しい。荒い画像であることはご容赦いただきたい)。コンパクトデジカメの画像とフィールドガイドを照らし合わせてみて、「おお、この子はアカゲラだよ」などと感じ入る。そして「キツツキ目キツツキ科なんだってよ。確かに動きがキツツキだったな」などと興奮する。
シジュウカラはスズメ目シジュウカラ科
キッチンの壁に小さい窓をしつらえたのだが、このすぐ外に山桜の木があり、そこからシジュウカラが可愛らしくこちらをのぞいている。お腹の黒い縦線が太いからどうやらオスのようだ。撮った写真を拡大し、フィールドガイドをひもときながら、「ふーん」などとやっているのだ。あ、そうだ…、ここで気づく、東京に置いたままのミラーレス一眼レフカメラは、こちらでこそ力を発揮する。適材適所ってえやつだ。なんで今まで気がつかなかったんだろう…。近々、配置替えを願う。
ゴジュウカラもスズメ目ゴジュウカラ科
シジュウカラが来るならゴジュウカラも来るのである。こいつは山椒は小粒でもぴりりと辛く、すばしっこくて写真に収めるのに苦労する。この日の晴れた午前中、朝一番から八方尾根スキー場に出向き、荒れていないファーストトラックを堪能した。昼まで滑って散種荘に戻り、無印良品のレトルトカレーで昼食を済ます。「ふうっ」と一息ついていたら、アカゲラ・シジュウカラ・ゴジュウカラが立て続けにキッチンすぐ外の山桜にやって来る。そして夫婦はいささか取り乱してしまったのであった。もしかして、これが「萌え」ってやつなのだろうか…。
カケスの旦那はスズメ目カラス科
この日のいくらか前の朝のこと、南面の大きな窓越しに鋭い眼光を感じた。ただならぬ気配は、私の目の高さからすると少しだけ上からやってくるようだ。上に傾けただけの首は回さず、目のみを横滑りさせて捕捉に努める。いた!あいつだ…。やはりじっと睨んでいるように見える。フィールドガイドに当たるとカケスだった。オスかメスかまではわからなかったのだけれども、私はあの抜き差しならない風情に怯み、つい時代劇で悪党どもが用心棒に声をかけるように、「カケスの旦那」と呼びかけてしまった。そうかカラスの仲間なのか…、「そりゃあそうだろう」などと妙に納得する。
雪面に残る足跡
空からやってくる鳥とは別に、地上に足跡を残す者たちもいる。私たちがアカマツ山と呼んでいる、うちの敷地から伐採したアカマツが丸太として積まれている上に雪がこんもり積もったふもとのあたりに、「あの奥を寝ぐらにしてやがるな」とはっきりわかる穴がある。そこにどうやら栗鼠が住みついているようだ。それを考えると、この栗鼠は離れに居住している間借り人だ。ときたまあたりを走り回り、家賃がわりとばかり私たちの目を楽しませてくれる。その他にも、お目にかかったことがない小動物の足跡がよくついている。うさぎのものだろうと思っている。
アカマツ山の登頂に西側から挑み、そして東側に下山した足跡が残されていた。動物の足、もしくは人間の靴、という大きさではない。とにかく長い。おそらく、スノーシュー(今時の「かんじき」)だろう。雪深い林を抜ける散歩を、それを履いて楽しんだ御仁がいるに違いない。先を越された…。私もスノーシューを手に入れて、あたり一帯を闊歩してやろうと考えていたのだ。しかも、みすみす我がアカマツ山の初登頂を許してしまうなんて…。少し上の方から、幼児があげる嬌声が聞こえてくる。誰かが雪かきのついでに作った長い滑り台を、小さなソリでもって滑降しているのだ。リュージュの原型だな。姪孫たちをああして遊ばせてみたいものだ。きっと喜ぶだろう。散種荘の窓の外はとにもかくにも楽しい。ああ、もうすぐ隠居の身。そして今これを書く、東京の窓の外にも雪が降る。