隠居たるもの、冷たい風に吹かれて襟たてる。2024年11月18日の正午ごろ、標高1,100mの草千里ヶ浜、噴煙を上げる阿蘇中岳を見晴らす野原に風が吹き渡る。「季節感」なるものの修正を迫られているような陽気が続く今日この頃であったが、この日を境に強引に「軌道」は戻されたようで、熊本といえども朝からどうにもうすら寒い。そして標高の高い山間は、より風も強くなれば当然のこと気温も低い。丸めていたライトダウンを広げて羽織り、シャツのボタンを襟元までぴっちりと閉める。厚手のコーデュロイシャツをこの日に合わせたのは正解だった。そんな環境でも若い奴らは溌剌としたもので、乗馬体験に勤しむメロン坊やご一行はにこやかだ。16日の土曜日から、私たちは熊本に来ている。

日本橋 神茂のおでんと熊本の幻の銘酒 香露

羽田から阿蘇くまもと空港に着陸するなり熊本市内の実家に直行した私たち夫婦と違って、メロン坊やご一行は前日の夜に福岡入り、明けた朝に天草エアラインで天草に飛び、船に乗っていざイルカウォッチングに出航したものの、残念なこと一頭も見ることあたわず(イルカは出産期を過ぎた10月・11月には行動範囲を広くし遠い海に行く傾向がある)、それにもめげず化石発掘体験などに勤しみ、たっぷり遊んでからレンタカーに乗って午後8時過ぎにやって来る。時間差で食卓を構成しなければならないこんなとき、いったん用意してしまえば鍋ごと温め直すだけですべてが完結するおでんは最適だ。ならば義父母にも食べてもらいたいと日本橋 神茂から取り寄せた。するとなると「せっかくだから日本酒で」と思うのは人情、「適当なものを買いに行ってきます」と言うと、お義母さんが「いや、入院していた親戚を見舞って後に快気祝いともらったものがあるのよ。それを飲んで」とおっしゃる。純米吟醸 香露、お初にお目にかかる。見るからに美味しそうなので日本酒蘊蓄野郎T師匠に確かめてみると、株式会社熊本県醸造研究所が醸す「生産量の少ない幻の銘酒」なんだそうだ。なんともたまらないマッチアップであった。

メロン坊や 三たびの熊本道行き

このたびのの里帰り、メロン坊やの両親、つまりサッカー部の後輩と姪の夫婦から「いっしょにどう?」と持ちかけられた。夏から秋にかけて立憲の代表選、自民の総裁選、そして総選挙と立て続いた。政治記者として働く彼がまとまって休めるわけもなく、初冬ともいえるこの時期になってようやく「夏休み」が取れたのだという。その旅先として熊本を選び、祖父母に曾孫を引き合わせようなんざ殊勝な心がけである。さらに本家筋への表敬訪問も忘れてはいない。また5歳になったメロン坊やは、どこに連れて行かれてもすぐさま「未知の楽しみ」を見つける子で、見よう見まねで先祖にお線香をあげた後、ピカチュウのぬいぐるみを放り出し、快気祝いで純米吟醸 香露をくださった本家が飼う小型犬2頭とくんずほぐれつ遊んでいたりする。

そして阿蘇へ

このたびの熊本の道行き、なんといってもハイライトは火の国 熊本の象徴 阿蘇だ。過去二度の道行きでは「年端のいかない幼な子にまだまだ雄大な阿蘇の記憶は残るまい」と避けて通ってきたが、車を走らせれば1時間半もしないところで阿蘇は噴煙を上げているのだ、畏れ多いとばかりいつまでもそうしているわけにはいかない。ご高齢の義父母はお留守番、私たちは勇躍レンタカーに乗り込んだ。私からしても幾度となく訪れた名所であるが、思い起こしてみると2016年の熊本地震からこのかた足を運んでいない。心が躍る。

草千里ヶ浜で馬に乗る

南国とはいえ、標高が高くなるにつれ色づいた木々があちらこちらに現れる。阿蘇中岳の火口に向かうそうした山道の果てに、季節ごとに違った表情を見せる阿蘇屈指の景勝地 草千里ヶ浜はある。天気も悪い上に観光客でごった返すだろう日曜日を避けて、晴天に恵まれる月曜日を計画的に選んだのだ。昨今の風潮から「インバウンドさんの人出はどうなのか」といささか心配もしたが、雄大な阿蘇の景観を悠々と体感できる草原の魅力に支障をきたすほどではない。いったんここで休憩し、メロン坊やご一行は阿蘇草千里乗馬クラブが提供する「乗馬体験」に挑むという。母親といっしょに馬上の人となったメロン坊やは終始ご機嫌。所要時間5分のコースの周囲で、撮影班となった大叔父と大叔母は、足下に転がる乾燥度合いがまちまちの馬糞に注意しながら、同じペースで歩を進め何度も何度もシャッターを切る。

熊本県阿蘇市草千里ヶ浜:https://kumamoto.guide/spots/detail/210

いざ火口へ

「楽しかった!」とはしゃぐメロン坊やをレンタカーのチャイルドシートになんとか座らせ、満を持していざ火口へ。草千里ヶ浜からは5分もかからない。しかし、なにかがおかしい。すぐそこで噴煙が上がっているのに観光地らしい活気が見当たらない。高価な料金をむさぼる観光ヘリコプターばかりが我が物顔で空を飛ぶ。今日の噴煙には有毒ガスが含まれていて、火口への立ち入りに全面規制がかかっていたのだ。残念だが、こればかりはどうにもならない。

とはいえ後ろ髪ひかれる心持ちであったから、乗馬にあれほど目を輝かせたメロン坊やの希望に沿って、私たちは再び草千里ヶ浜で車を降りる。母と息子はまた馬に乗り、父と私たち夫婦は冷たい風が強く吹き始めた草原をゆっくりと散策する。遠くから撮ってくれた写真を見ると、襟を立てフードをかぶった初老の二人は、まるでモンゴルで生きるたくましい夫婦のよう。まんざらでもない。

内牧温泉で日帰り温泉につかる

山を下り「あか牛丼 いわさき」という店であか牛丼を食し、せっかくだから温泉につかろうと内牧温泉の旅館 蘇山郷に足を延ばす。インターネットが急速に進化するなかで成長したミレニアル世代の若夫婦、口を挟まず任せておけば、こうした店や施設をあっという間に検索してくれる。ひっそりとした温泉郷に佇む、与謝野鉄幹、晶子ゆかりの宿と謳う静かな蘇山郷、とても好ましい風呂だった。「食事も美味しそうだし泊まりできてみたいねぇ」と口にすると、すぐさま「一泊3万」とツッコミが入る。勤めていたころならいざ知らず、今の私にはなかなか痺れる料金だ。まあ時間ばかりは自由になるんだし、また平日の昼日中にゆっくり車で来ればいい。

蘇る山と故郷 阿蘇内牧温泉 蘇山郷:https://sozankyo.com

そして火口への再訪を誓う

メロン坊やが楽しくなって垂直にピョンピョン飛び跳ねる3泊の間に、お義母さんが買っておいてくれたスパークリングワイン2本と、快気祝いの純米吟醸 香露2本と、阿蘇のクラフトビール4本と、プレミアムモルツ350ml缶なん本か(勘定していないので)を皆で飲み干した。東京に戻る19日、働き盛りだからこそ寸暇を惜しんで熊本城観光に出かけるメロン坊やご一行を送り出し、私たち夫婦はホットカーペットを敷き詰めるなど、高齢の義父母の冬支度を手伝った。そして遅い午後の便でいっしょに東京に戻る。残念なこと阿蘇の火口をのぞくことはできなかったから、26年前の夏に皆で見物したときの写真を載せておく。少し離れた左端に写るのは誰あろう、メロン坊やの母親である。こうしてみるとやっぱり似ている。ああ、もうすぐ隠居の身。そして火口への再訪を誓うのだ。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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