隠居たるもの、陰性に胸をなでおろす。2021年4月8日、民間のPCR検査を受けてみた。生まれて初めてのことだ。危ない橋を渡った覚えがあるからではない。それにあたって陰性であることを確かめておきたい予定があったからだ。「久方ぶり一族郎党で那須高原に」というイベント企画が2月中から持ち上がっていて、「緊急事態宣言も解除されたことだし予定通り」などと確認していたのに「まん延防止等重点措置」がどうたらこうたら…。だからといって集まる中に「無責任な生活様式」を採用している者がいるわけでなし、こうなったら(「まん防」適用前に駆け込もうというつもりではなく)キリがないから予定通り4月10日土曜日に、一年遅れで「義兄の還暦祝い」を決行することにした。
「メイド喫茶はそこにあるニャン」客引きふりきりPCR検査を受ける秋葉原かな
「メイド喫茶はそこにあるニャン」とメイドの格好をしたうら若き女性にニッコリ誘われる。つれない応対をしたことは許して欲しい。一所懸命に仕事に取り組んでいるのはわかるが、他に私にどうできよう。つれあいがすぐ後ろを歩いていたのだ。「とんと来ないでいたら本当にこんな風になっていたのか」と少し驚く秋葉原である。駅前のラジオ会館周辺のわかりにくい路地裏に、インターネットで予約していた木下グループ「新型コロナPCR検査センター」はあった。10ほどの小さな唾液採集ブース(口の中が乾いている人のために、そこには梅干しとレモンのピンナップが貼られている)がある小さな「検査センター」、ひっきりなしにやってくる予約客をたった1人の女性がさばく。2300円の料金は事前にクレジットカードで支払ってあるし、受付さえ済めば、誓約書を書いて唾液を容器に入れるだけ、検査はあっという間に終わる。約束された翌4月9日に「陰性」という結果がメールで配信されてきた。同日同センター別時刻で検査した姪夫婦からも「陰性でした」との連絡を受けた。
「BORN REBORN ONE LOOP」再び
2019年9月、1年半前に「BORN REBORN ONE LOOP」と省察した。お義姉さんの還暦祝いについて書いたものだ。それから半年後、つまり1年前のもちろん誕生日周辺で、私たちはお義兄さんのお祝いにも集まるはずだった。アベノマスクが配布されることに驚愕し、1回目の緊急事態宣言が発せられたあの頃である。当然に延期した。お義姉さんのお祝いの時に1歳4ヶ月と生まれたばかりだった2人の孫は、いつしかそれぞれ2歳10ヶ月と1歳7ヶ月になった。この間に0歳7ヶ月の新参者もひょこっと現れた。この従兄弟同士が顔を合わせることだって満足にできていない。お義姉さんのときはTシャツだったから、今回はそろいのバーベキューエプロン(お兄さんだけもちろん赤、他はネイビー)を作ってみた。そうして、東京から出向く者は直前にPCR検査を施すことにし、1年越しの開催を予定通りに決行することにした。
義兄の赤いエプロン
エプロンは「いいアイデア」だったに違いない。義兄夫婦が暮らす宇都宮郊外や散種荘の白馬という拠点がある以上、子供が増えていることを考えれば、これから数年「一族郎党だけでバーベキュー」は多々あるに違いない。その記念品を、子供も含め皆で体に巻きつけ、お義兄さんにも特製の赤を「一年遅れだけど、還暦おめでとう」とつけてもらう。照れ臭そうなお義兄さん、しかしなんかモヤモヤがこみあげる。長女がこの日のためのプレゼントを贈呈し「皆の前で開けろ」と催促する。孫を従え、正坐のようにして膝を畳んで包みを開けるお義兄さん、次女がようやく気づいて皆のモヤモヤを解消した。「なんかさあ、パパ、店長みたい。本社からこのお店に来てる社員の店長で、私たちはみんなバイト、店長の印の赤いエプロン」非正規雇用をめぐる社会の一断面を鋭くえぐったコメント、皆で笑った。
「還暦祝い」は姪孫たちのために
0歳7ヶ月の赤ん坊が火がついたように泣き出した。すぐ横に1歳7ヶ月のチー坊が呆然と立ちつくす。姪によると、従兄弟を可愛がっていたチー坊が、そのまま突然に弟の手を噛んじゃったんだそうだ。大人たちは、チー坊が「ようやくに会えた従兄弟が愛おしく、そのあまりに噛むにいたった」と結論づけた。私はそのとき、立ち尽くすチー坊と並ぶように座っていたので「お前の気持ちはわかるぞ」としょんぼりしている小さな肩を抱いてみた。ちょっと間を置いて、チー坊は頭を私の肩に寄せ、しばらくして抱きついてきた。「大叔父、ボクの切なさをわかってくれるかい?」といったところだろう。少し離れたところにいた長女格の2歳10ヶ月(1年3ヶ月ぶりに会う)が、従兄弟の弟がそうしているのを見て、記憶に残っていない私にしばらくしておそるおそる近づき試しに抱きついてみたりする。お義兄さんには失礼だが、私は今回はこの子たちのためにこそあるとも考えていたのだ。
1/57と12/34と12/19と12/7
もうそろそろ57歳の私が今までに過ごしてきた時間からすれば、1年は57分の1(月で表すと683分の12)。姪孫の中の年嵩の女の子からすれば34分の12。チー坊からすれば19分の12。末の子なんて7分の12、まだ1年という時間を経験したことすらない。子供たちにとっての「1年」はとんでもなく長く、そしてやり直しがきかないほどに貴重だ。たとえ将来にわたって記憶していなかったとしても、この年頃に情操に残しておかなければならない大事なことがあるに違いない。興奮のるつぼと化した従兄弟同士の親愛だったり、無条件に味方をしてくれる人がいることを深層心理に刷り込ませることだったり…、それらはオンラインで代用できない。ネイビーエプロンの「バイト」にはネイビーエプロンの「バイト」にしか醸せない「味」ってもんもある。それが子供たちの世界に広がりをもたらすこともあるだろう。だから私はPCR検査を受けた。現に、私がひそかに「英才教育」を施すチー坊が、エプロンをつけてもらい喜び勇んでリズムを刻んでいるときのことだ。ああ、もうすぐ隠居の身。私にだけは彼のラップが聴こえてきた。
YO! YO! YO!
今宵はジィジの還暦祝い
コロナにあおられ一年遅れ
直前かましたPCR
万難排して那須に参上
一年過ぎてオイラは成長♪
忘れちゃならねえルーツへの敬意
炸裂するぜ鋭いライム
Hey! 耳の穴かっぽじってよく聴け
Ho! ジィジ コングラッチュレイション
参照:「BORN REBORN ONE LOOP」https://inkyo-soon.com/born-reborn-one-loop/