隠居たるもの、時には隠した爪を出してみる。9月に導入し、みなさんに自慢したTechnicsのダイレクトドライブターンテーブルシステムが10月22日に壊れた。届いたばかりのマッシヴ・アタック「Mezzanine」のDisk1 A面を聴き、B面に針を落とそうとしたところアームが下がらなくなったのだ。購入してからひと月ちょっとしか経っていない。26日に訪問修理がやって来たものの、部品がないし納期はあらためて連絡すると言い置いて持ち帰っていった。それから3週間、なしのつぶてである。

不満足を表明する

さすがに無礼であるから、名刺にあったPanasonicのカスタマーに架電した。トーンアームを下げて固定する部品が不良で、6月に新製品として出荷されたもののほとんどに問題が発生し、その部品の作り変えが間に合わず未だ修理もできない、このようなリコール案件と私は類推している。納得のいく説明を望んでいたのだ。しかし、カスタマーに従事する職員には事情が知らされているわけもなく、マニュアル通りに一方的に謝罪するばかりで、「修理をする業者に確認して連絡する」と答えることしかできない。遅れて訪問修理にやってきた職人さんから「すいません、部品が入り次第…」という申し訳なさそうな連絡も入る。私の本意はそこにはない。ケチなクレーマーと勘違いされては困る。

釈然としない。なぜ説明すべきことを説明すべき人間がきちんと説明しないのか。なぜ川下の従業員ばかりを矢面に立たせてこの人たちの精神を蝕むのか。素敵なTechnicsのダイレクトドライブターンテーブルシステムが戻ってくるのはまだ先だ。

「理解もしなければ協力もしない」

2005年の秋のことだ。東芝のDVDレコーダーを新しく購入した。それがWOWOWの番組表を読み込まない。困って相談カスタマーに架電した。土曜日だったからだろう、30分待たされた。状況を説明したところ、出張修理を呼ぶように促される。そしてあろうことか「出張修理の窓口に電話し直してくれろ」と言う。

「え?おたくの違うところにまた電話し直して、また30分待たされて、君に話したことをもう一度はじめから繰り返せっていうの?」と問いかけると、

「申し訳ありません。空いている平日にお電話し直していただくか、そうでなければご理解とご協力のほどをお願いします。」などとほざきやがるから、

「仕事に出ている平日に電話なんかできると思うか?理解もしなければ協力もしねえよ!なぜだかわかるか?時間と労力と金をかけてるのはオレだからだ!タカをくくった仕事をしてるんじゃあねえぞ。いいか、今から伝える電話番号に、すべてを調整して30分のうちにそっちから電話をかけてきやがれ!」とついつい啖呵をきってしまったんだ。はたで聞いてたつれあいは、震え上がりながらも私の張った声音に「イナセだよぉ」と目を潤ませていた。

結局、翌日曜日にやって来た修理業者は、WOWOWの受信機が原因であって(当時はまだB-CASカードではなくモザイクを消す受信機が必要だった)うちの機械に問題はないと帰っていった。あまんじて受信機を新調しても状況は変わらない。購入したビックカメラに問うてみると、不良品だからと即座に新品に交換してくれた。以来、東芝の製品はただのひとつも購入していない。不正会計が発覚した時も「そりゃそうだろうな」と思うばかりだった。

「おかみさんと呼ばれる準備はできている」

同じく2005年の秋、近隣の森下文化センターで「柳家さん喬の落語教室 全10回」という信じられない講座が開講した。師匠は押しも押されもせぬ古典落語の名人。「好きなんだから教えてもらいなさい。私は『おかみさん』と呼ばれるのも悪くないと思ってるから」とかいって、つれあいが私の受講を申し込んでしまう。かの啖呵に聴き惚れたつれあいが思い詰めてとった行動だ。師匠も「啖呵キレそうだから『大工調べ』でも演ってみる?」などとお世辞をおっしゃる。もちろんそんな大作に取り組みはしなかったし落語家に転身もしなかったけれど、3ヶ月ほど親しくご教示いただき落語がますます好きになった。今も勝手に「師匠」と呼ばせていただき高座を幾度となく拝見している。

体裁ばかり取り繕うのはもうよしにしな

本当のことを隠して体裁を整えることばかりに必死だと辻褄が合わなくなる。無理矢理それを維持しようとするとシワ寄せが必ずどこかにやって来るもんだ。落語の世界ではそれが滑稽噺ともなるのだが、現実の場合、登場人物の多くがアコギだからそうともいかない。シワどころかほころんじゃってるぜ?なあ、税金を断りもなくよこしまな花見のために使ってもらったら困るじゃねえか。ああ、もうすぐ隠居の身。なぜなら、その金を払ってるのはオレだけじゃあないからだ。

参考:Technicsのレコードプレイヤー https://inkyo-soon.com/technics/

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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