隠居たるもの、迂闊な油断のツケ払う。白馬入りしたあくる日、2023年7月26日の水曜日、もうヒグラシが鳴くかという遅い午後、つれあいが「なんだか熱っぽい…」としょぼくれた顔をする。かくいう私も、どうしたわけか鼻の奥から喉にかけ、グシュッとした不快を抱え始めたところであった。巷間では新型コロナがまたぞろ増殖していると聞く。前回の省察で紹介した通り、数日内に「密」で遊んだ覚えも鮮明だ。しかし「5類」に移行した今日、保健所を調べて連絡したところで何もしてはくれないし、いまだ白馬の医療機関にお世話になったことがないから、どこを頼っていいのかおぼつきもせず途方に暮れる。

薪ストーブのメンテナンス

「今日これからご在宅ですか?」、薪ストーブ屋さんから電話があったのは、翌日7月27日お昼過ぎのことだった。これまで3度にわたる冬を、散種荘の薪ストーブと煙突はフル稼働してきた。そのメンテナンスを依頼してあったのだ。当初の予定は翌28日午後1時だったのだけれど、「今日の午後いっぱいを予定していた仕事があっさり終わってしまい…、できるならばこれからやらせてもらえまいか」とのこと。「喉は痛くない」というつれあいの熱は上がったり下がったりしながらも、このときはグッと落ち着いていた。ならば私はというと、大した熱もなく鼻風邪のような不快が顔の真ん中にギュッと詰まったただけのまま。私たちは様子を見ながら外出を控えているところだった。薪ストーブ屋さんは遠方から出向いておられる。「家におりますので、どうぞいらしてください」と応えることにした。

煙突にこびりついた3年分の煤をこそげ落とし、ストーブ本体をきびきびと磨き上げる。溜まりすぎた煤を放置していると、燃焼効率が悪くなるばかりか最悪の場合は不慮の火災の危険を招来する。遠巻きから彼らの仕事を眺め、その職人技に惚れ惚れとする。もしこれが東京の住まいだったらこうもいかない(集合住宅に薪ストーブを設置できるわけはないが)。「ちょっと私たちに不都合が生じていて、ことによったらご迷惑をおかけするかもしれないので」と断ったことだろう。しかしここ夏の白馬は、何もかもが密閉がちに作られている東京とはそもそもからして勝手が異なる。散種荘でせせこましい「密」を作ることはかえって難しい。

エアコンをつけずに窓は全開、その上で私たち夫婦は常にソーシャルディスタンス2倍以上の距離を保ち、我が庭に再び飛来したゴマダラカミキリの観察などして、彼らの仕事を邪魔しない。(たびたび遊びに来るこのゴマダラカミキリは首の下に逆三角の白い斑点がある在来種、各地で深刻な被害をもたらしている外来のツヤハダゴマダラカミキリではない。)職人ふたりは午後4時を過ぎたころにすべての作業を終え、晴れ晴れとした顔で「いやあ、今日中に済ますことができて本当に助かりました。きれいに使っていただいているので、メンテナンスはまた3年後で充分です」と、私たちと濃厚接触することもなくワゴン車に乗って去っていく。それと対照的に、つれあいの表情は再びしょぼくれる。夕方になってまたぞろ熱が上がってきたようだ。彼らのおかげで私たちも翌日28日は一日フリー、もはや様子を見ている場合ではない。

「奥様は新型コロナ陽性」

7月28日、朝一番で別荘地管理事務所に電話し、新型コロナの検査を受けるにはどの病院に出向けばよいかアドバイスを求める。散種荘から距離にして6km弱、車で10分ほどの北アルプス医療センター 白馬診療所がよかろうとのこと。すぐさま連絡すると、10時45分に検査するからそれまでに来所し中に入らず外からまた電話をするように、これから送るショートメッセージにスマホで撮った保険証の写真を返送するように、とテキパキ指示が飛ぶ。車を持たないのでタクシーを呼ぶ。乗車拒否をされても困るが事情を説明しないわけにもいかないから「白馬診療所に検査に行く」と告げると、運転手はマスクをつけ直しながら「結果だけあとで連絡してくれ」と応じてメーターを倒した。

早めに着いて外から指示通りあらためて電話をすると、仕事ができそうな事務長が出てきて、屋根のある駐車スペースに置いた病院の車に乗り込むよう促される。どうやら診療所内に入ることなく、すべてをここで完結させるようだ。「タクシーで来れたんだ、良かった。もう5類になったのだから、乗車拒否なんてあってはならない。こちらからもタクシー会社に周知徹底を申し入れている。」と事務長は頼もしい。10時45分が近づく。同時刻に検査を受ける方々なのだろう、自身で運転してやってきて、私たちが待機する車の横に3台が駐車する。みなさんグッタリしていてつらそうだ。マスクをした上にフェイスガードをつけた看護師さんが現れて、順番に各車を回り、それぞれの鼻に検査キットを挿し入れていく。

「奥様は新型コロナ陽性です。でも旦那様は陰性でした。発症日が26日ですから、奥様はその次の日から数えて5日、31日まで外出は控えてください。5類になって濃厚接触者には行動制限が無くなりましたが、『夏風邪』といっても旦那様にもウィルスは入っているかもしれない、行動は常識的に」診察も結果伝達もすべて車の中、しかもスマホを介した通話ごし。事務長が再びやってきて精算を済ませ、調剤薬局の場所と受け渡しの方法を聞く。処方した薬は伝えてあるから、薬局に着いたらまた外から電話して、駐車場で受け取るようにとのこと。徹底して建物の中で相対さない、感心するほどに合理的。29日から白馬に遊びに来ることになっていた友だち3人に平身低頭キャンセルをお願いし、直前に東京で顔を合わせた友だちたちにもこちらの感染を報告し状況を聞く。何事もなさそうで、それに越したことはない。

太陽が雲に隠れた隙にいそいそとタープを張る

「渋谷のライブハウス、国立競技場、それとも夏休みにはしゃぐ若い子でギュウギュウのただでさえ狭苦しい大江戸線、どこでもらっちゃったんだろう…、もうすっかり油断してたんだなぁ。それにしても、同じとこで遊んで、さらにマスクもせず私と寝食を共にして、それでも陰性って、あなたは因果なほどに丈夫だねぇ。」29日になって熱も下がったつれあいは饒舌である。5類になってからというもの食料の給付などないから、とりあえず外出を控える必要のない私が、2kmほど山を下った最寄りのコンビニ、セブンイレブンに当座しのぎの買い物に行く。軽快にキックボードで風を切り、店内ではマスクを装着、帰りは荷物をハンドルにぶら下げて、つまりこいつを台車として引いて上がってくる。午後になって太陽が雲に隠れたのを見計らい、「この隙に!」と私たちは庭にタープを張った。

つれあいはいう。「ウィルスは東京でもらったんだろうけど、発症したのが白馬で本当に良かった。東京にいたらさ、とんでもない暑さの中で部屋にじっとり閉じこもってなきゃいけなかったでしょ?『外出を控える』ってそういうことだものね。こっちはなんというか、開放的というかさ…」そんなことをうそぶくほどに元気になった。そして熱が下がったら下がったで、弱毒化していても重篤化せずとも、やっぱり「かかっちゃうのはつまらない」ともいう。陰性だった私に食事のたび聞いてくるのだ。ああ、もうすぐ隠居の身。「ねえ、どんな味?」

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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