隠居たるもの、巧みな手技に膝をうつ。繊細なフレームを歪めてしまうので、スポーツサイクルには自立用スタンドがついていない。サイクリストも多く集うここ白馬、そのためサドルをひっかける駐輪スタンドがそこかしこに配置されている。なのでスポーツサイクルの末席にようやく滑り込む私たちの愛車もスタンドをつけないままにしている。だとすると自宅で保管する際に「固定」するものが必要となる。きれいどころが帰っていった翌日、2021年7月31日の午前中のこと、墨田区八広の柴田コンクリート株式会社にふた月半前に注文していた自転車スタンド(というより「どめ」と呼んだ方がふさわしい)がようやく届いた。コンクリート打ちっ放しで20キロ、手仕事で仕上げた無骨なやつだ。
ついでに物置をDIYする
上の写真で、我が愛車キャノンデール BAD BOY 2007年モデルの前輪をしっかりホールドしているのが柴田コンクリート株式会社の自転車スタンドである。20キロの目方があるから微動だにせず、愛車をすっきり真っ直ぐに固定する。これが届いたことで自転車2台の物置内における立ち位置が決定し、物置自体も広くなった。となると、「私のスノーボードも置いてくれろ」とちゃっかりした姪のスノーボードなど他の面々の定位置も決まる。可動式の棚は池田建設にこしらえてもらったが、スノーボードの転倒防止バーや各種ひっかけなどはこの日に私たちが塗装しネジをうちこんだ。構想を練って部材は調達してあったので、片づけ含めてどうにか半日ほど午後2時までには仕事を終えた。「汗かいたし、もう風呂に入ってビールでも飲むか?」という能天気な私を「まあまあ」とつれあいがたしなめる。
つれあいが作る李禹煥(リ ウーファン)作品のような「蚊取り線香ホルダー」
ニール・ヤングの「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」を聴きながら、小林信彦著「決定版 日本の喜劇人」を読んで由利徹の偉大さに感服し、まったりと日暮れを待っていた。窓の外に目をやると、つれあいがウッドデッキに積んである塗り残した雪がこいのヒノキの板に座って、なにやらラジオペンチを操っている。「なにをしてるんだ?」と聞くと、「この地面の下から採取された石に針金をからませて、ウッドデッキでの必需品『蚊取り線香ホルダー』を試作しているのだ」という。さすが「茶道で侘び寂びの世界に触れつつ、一方で自らの手で『モノ』を作ることを生業にしている人」とその発想に感心した。いくつか試作された中の最高傑作は「石と針金でできた蚊取り線香ホルダーとその落灰を受ける石皿」。まるで「もの派」(1960年代末に始まり1970年代中期まで続いた日本の現代美術の大きな動向。石・木・紙・綿・鉄板・パラフィンといった〈もの〉を単体で、あるいは組み合わせて作品とする。それまでの日本の前衛美術の主流だった反芸術的傾向に反発し、ものへの還元から芸術の再創造を目指した。)の巨匠 李禹煥(リ ウーファン)の作品を小さくちょびっとだけ彷彿させる乙な「モノ」だった。
「びっくりさせちゃったかい?」と太田社長が庭に現れる
「李禹煥だ、李禹煥だ」と私たちが喜んでいたところに、ニュッと作業服姿のおじさんが現れた。正式に庭造りをお願いすることにした小谷村の石樹苑の太田社長であった。「びっくりさせちゃったかい?」と悪びれることもない。私たちは笑ってしまう。とりあえずは玄関で呼び鈴を鳴らしてくれればいいのに、とにかく仕事をすると決めたらその現場にしか関心が及ばず、まずは庭に直行する。職人気質のこのおじさんらしい。初めて見積もりを見せていただいた先日のこと、こんなやりとりがあった。「あそこに一本植樹することを頼んだと思います。それが見積書に記載されていないのですが…」と確認すると「ごめん、載せるの忘れてた。うん、もちろん植えるよ。え、値段?忘れてただけだから見積書の通りで変わらない」とのことで、それを追加し個別の単価等を計算し直した新しい見積書が提示されることもなかった。さすが昔かたぎの職人で、仕事全体で「いくら」と決めたらそれまでなのだ。それが痛快で、私たちはそのままお任せすることにした。太田社長は現場を嬉しそうに眺めながら「タバコ吸ってもいいかい?」とあくまでマイペース。「職人の流儀」に口を挟まない私たちを、どうやら気に入ってくれたようだ。
「株立のそばに大きな石を置きたくて」
「来ていただいてよかった。話したいことがあったんですよ」とつれあいが言う。「株立を植えてもらうでしょ?そのそばに、座ることもできる大きな石が置かれているといいな、とあらためて考えついたんです。どれがいいかと探してみると、平ったくてピッタリなやつがすぐそこにあった。片づけられちゃうといけないんだけど、わかるような印をどうやってつけたらいいのか迷ってて…。社長、これです。どうしましょう?」太田社長は少し距離を置いてタバコを吸いながらニンマリ笑う。そして拳大の小さな石を拾い上げ、「こうしたらわかるさ」とそれをその大きな石の上にそっと置いた。庭の隅に李禹煥を彷彿とさせる作品がまたひとつできた。「あと、ここもですね…」と確かめると、社長は「うん、わかった(みなまでいうな、まかせておけ)」とせっかちに大きく首を縦に振る。白馬ファームの武田社長、池田建設の池田社長、石樹苑の太田社長、私たちはこのおじさんたちを「白馬の三大(さんだい)社長」ならぬ「白馬の三田(さんでん)社長」と呼んでいる。ああ、もうすぐ隠居の身。庭造りは今週後半から始めるそうだ。
ご参考:柴田コンクリート株式会社の自転車スタンドhttps://item.rakuten.co.jp/juicygarden/f1shsh-000402/?s-id=ph_pc_itemname