隠居たるもの、簡素で健康的な食事が喜ばしい。ところがどっこい、いまだ隠居にたどり着いていない我が身、日々のランチは無防備に誘惑にさらされる。連日の飲酒にぐったりとしている昼なぞは、誘惑に打ち勝つ気力を振り絞ることもできず、ラーメンかカレーしか受けつけないなどと言い張る。最後の砦はどの店を選ぶかだ。いくつかの選択肢を持っているラーメン屋さんに対し、「カレー」となると決まった店にしか私は行かない。それが、神保町のスマトラカレー共栄堂さんだ。
カレーは飲み物
という人たちがいる。「具がゴロゴロ入ってるお母さんのカレーが最高」という人たちがいる。「ドロドロ派?シャビシャビ派?」と確認を求める人たちがいる。誰もがカレーが好きだ。だがしかし、落ちついて考えてみないといけない。「飲み物」という人たちって、主に太っていることを「芸」にしているタレントばかりじゃないか。言い出しっぺのウガンダはすでに鬼籍に入っている。加えて、カレー好きをキャラクターとする戦隊モノのイエローは、いつだって小太りでギャグ担当だ。ラーメン以上に、カレー好きは肥満と不健康に結びつく。つまり、後期中齢者が野放図に食べてはいけないものなのだ。
カレーの成分を考える
大概この国では、小麦粉を油で溶いてルーを作っている。炭水化物に、スパイスで風味づけした炭水化物と油をかけた食物を、うっかり「カレーライス」と呼んでいる。身体にいいわけなかろう。無尽蔵の代謝能力を持つ子供や若者以外は、覚悟して食さなければならない。飲み物のように摂取していたら、ああなるのは想像に難くない。以前はチェーン系のカレー屋さんによく入ったものだが、口内にその店特有の味が長く残ったことを思い起こすと、ケミカルなものも使われていたのだろう、致し方ないが。独占企業であるスパイス卸し会社が、息のかかるチェーンを守るため、新規参入のハードルをすごぶる高くしているとも聞く。
スマトラカレー 共栄堂
「当店のカレーは、大正13年の創業当時より、スマトラカレーとしてお客様に親しまれてきました。オリジナルの黒濃色のソースは、小麦粉を一切使っておりません。20種類の香辛料と形がなくなるまで煮込んだ野菜、肉の旨味が凝縮されたカレーです。」
共栄堂さんのHPからである。https://www.kyoueidoo.com/smp/ いわゆるシャビシャビ派である。二日酔いの昼に食すと、スパイスに刺激されてすっきりと代謝が復活する。食べ終えて「後味」ではなくて滋養たっぷりな「余韻」が残る。美味しさがとても深い。2年くらい前だったろうか、神保町で働くお客さんに教えてもらってからというもの、他のカレーではつらいと思うほどに愛している。ちゃんとしたものを食べると嬉しい気持ちになるものだ。
団塊世代が一斉退職したあたりから、ご隠居が神保町をそぞろ歩く姿が目に見えて増えたという。古書店も含め、ひやかしのお客さんに本屋さんほど優しい商店はない。ああ、もうすぐ隠居の身。神保町に日参できる日を楽しみに待とうじゃないか。