隠居たるもの、分別について考える。先の省察で、平和だった白馬からまとまって陽性者が出たこと、そしてこの田舎町がにわかに新型コロナ禍に巻き込まれてなすすべなく浮き足立っている様、そんなこんなを紹介した。(参照:「白馬は新型コロナで右往左往する」https://inkyo-soon.com/covid19-in-hakuba/)しかしながら、インバウンドさんが訪れることのない今冬の白馬は、求めなければそもそもからして密になる場面がない。だからといって野方図にコロナ以前と同様に振る舞うわけではもちろんないけれども、この田舎である、分別をわきまえてさえいれば、やりようはいくらでもあるのではなかろうかと考えたりもする。

一成に電話を入れてみた

白馬村から飲食店への営業時短要請がなされたのは1月20日のこと。そんなこととはつゆ知らず、私たちがここに着いたのが1月21日のこと。私たちがこの白馬で馴染みにし始めた店は、どこも静かで客席の間隔もゆったりしている。それだからこそ好ましくも思っているわけだが、実のところどんな様子になっているのか、少しも勝手がわからない。「あそこであれを食したい」と当てにしていたものもあったし、とりあえず電話を入れてみた。「私たちも突然のことでどうしたらいいのかどうにもわからなくて…」この省察に何回か登場願った一成(いっせい)の女将は不安そうにそう言った。「こちらは夫婦2人のみの食事をしたいわけで、長時間にわたって管を巻くようなこともないし、唐突に喧嘩をすることもあるまいに、目の前にいる相手に大きな声を出すような無駄なこともしない。かえって聞き耳を立てないと聴こえないくらい、『国家機密でも話しているのかしら?』というくらいひそひそしたものだと思う。せっかくの冬だからあれを所望したいのだけれど、予約を入れさせていただくわけにはいきますまいか」と用件を伝えた。「ありがとうございます。8時までですけど、いらしていただけるなら喜んでお迎えさせていただきます」と女将は嬉しそうだった。ここの冬季限定メニュー「鴨しゃぶ」を食したかったのである。

まずは「郷の湯」で下地を作る

一成のすぐ斜め向かいに「郷の湯」(https://hakuba-happo-onsen.jp/satonoyu/)という、檜づくりの六角形の浴槽をど真ん中に置いた、こじんまりとした公衆温泉浴場がある。「みみずくの湯」同様、とろりとしたいいお湯なのである。ここは人が集まる時期しか開けない。それなのに、このふって沸いた新型コロナ禍とインバウンドさんを始めとした極端なお客さんの減少である。24日を最後に当面の間の休業が発表されていた。23日の土曜日、一成の暖簾をくぐる前に、私たちはせっかくだからと立ち寄った。静かな声で話に興じる若者2人を対角線で避けるように、残りのほんの数人のお客さんは、お互い顔を背けて黙りこくって湯を味わう。いい湯だ、一成でのビールがさぞかし美味しくなることだろう。

一成で鴨しゃぶを食す

なぜに冬季限定なのか。許可されている鴨の狩猟期間が11月15日から2月15日までだからである。だし汁で鴨をしゃぶしゃぶし、そこに鴨の出汁がさらに滲み出し、そいつがしつらえも綺麗な野菜にまとわりつく、このおそろしく乙な料理は、新鮮な鴨が手に入るこの季節にしか提供できない。女将が不安にもなるはずだ。客は午後6時に入店した私たちだけだった。ここで生まれ育ち、ここを離れて日本料理の修行をした大将(多分40歳そこそこ)が、親御さんが営んでいた旅館を閉めるに際して帰ってきて、奥さんと地元食材を使う食堂に作り替えたと伝え聞いている。以前にタクシーの運転手さんが、「一成(かずなり、つまり店の名前は大将の名前を読み変えているのですな)は消防団の後輩なんだよ。私たちもよく使うんだ、美味しいよね」と話していたことを思い出す。その店が「貸切」なのだ。大将と女将はもちろんマスクをしている。最初の注文を出すとき、私たちもマスクをしている。女将が料理の説明をするとき、マスクを外していた私たちは黙ってうなづき口を開かない。追加のビールを頼むときは、距離が置かれた時を見計らう。何度も訪れている私たちであるが、女将は決して馴れ馴れしくしない。この人のキャラクターに違いないが、それがまた好ましい。

鴨のしめは蕎麦

午後7時に「ラストオーダーとなりますが…」と申し訳なさそうに告げられる。私たちはすでに注文を終えており、しめの蕎麦が出てくるのを待っている。鴨のしめは蕎麦だろう。にっこりと右手首から先だけを左右に振る。鴨の旨味が存分に行き渡ったあつあつのだし汁に蕎麦をくぐらせてすする。こんな鴨せいろを食べたことあるか?大満足なのである。鴨しゃぶ2人前と手打ち蕎麦2人前、他にお通し、枝豆、ちくわの磯辺揚げ、ハートランドの生ビールを合計5杯、これで締めて12000円。鴨しゃぶなんて早々お目にかからないもの、安くはないけど、決して高くもないんじゃなかろうか。店を出たのは午後7時20分だった。こんなおりにこれを食べられて本当に幸せだ。今シーズン、もう一度くらい口にできたらいい。それにしても、二階俊博自民党幹事長と膝を突き合わせて語ってみたい。ああ、もうすぐ隠居の身。「会食」の定義に関してだ。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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