隠居たるもの、地のもの食すに趣向をこらす。白馬の散種荘で日を送るとき、食材はできうる限り地産のものを選ぶ。この省察にしつこいくらいに登場している、JAが営む生協 ハピア A-COOP白馬店こそが強い味方だ。だからといって、この愛するスーパーに難点がないわけでもない。往々にしてそんなもので、その難点とは絶対的なストロングポイントの裏返しだったりする。ハピア A-COOP、JAが営む「農家による農家のための農家の」生協であるがゆえに、地産されないものの品揃えがいささか薄いのである。

この日は能登からのカレイがあった

長野は山はあれども海のない県だ。「太平洋よりよっぽど近い日本海から新鮮な季節の魚が届く」とはいっても、ここは繁華街を持つような大消費地でもないし、種類にしても量にしても、海のものは「高が知れている」感じなのだ。雪に埋まる峠を越えなければならないからなのだろうか、冬に入ってそれが顕著になったような気もする。スノーボードのためにも居を構えた白馬である。1月や2月は自ずと滞在が長く頻繁になる。なのに新型コロナのこともあるから野放図に外食するわけにもいかず…。いかにしてタンパク源に多様性を持たせるか、白馬に到着する前に夫婦の間では喧々諤々の議論が交わされる。その結果、今回の滞在では産地にこだわらず一晩は魚にしようと結論づいた。

白馬に着いて、ハピア A-COOPに出向き、店の大きさに比して小さい鮮魚コーナーにまずは足を運ぶ。すると…、なんと!今日は能登からのカレイがあるではないか!こいつを煮付けにしよう!あ、富山からのハタハタ一夜干しもある!え?パックの量は少ないけど、ボイルしたずわい蟹の脚んとこもある!日本海から総出でやって来やがったな。こうなったら満を持して日本酒を飲もうじゃないか。考えてみれば散種荘で日本酒を飲むのは初めてだ。だったら銘柄は決まっている。

安曇野の地酒 大雪渓

高い山には夏でも雪が残っているところがある。谷や沢などに残ったもの、また雪で覆われた谷などを指して雪渓(せっけい)という。こうした雪渓は山のトレードマークとして固有名称で語られることも多い。その中でとりわけ著名なものが日本三大雪渓で、それぞれ長野県と富山県にまたがる、白馬岳と杓子岳の谷間に形成された白馬大雪渓(しろうまだいせっけい)はその筆頭だ(残りの二つは針ノ木雪渓と剱沢雪渓、3つともすべて北アルプス)。その名を冠した、創業1898年の安曇野の蔵元 大雪渓酒造が醸す「大雪渓」、もちろんハピア A-COOPにも置いてある。喜び勇んで原酒と純米大吟醸の300ml小瓶をそれぞれ1本ずつ購入した。準備万端整えて、「まずは原酒からいこうじゃねえの」と呼びかけると、すっかり暗いっていうのにつれあいがそそくさと玄関から外に出る。なにかと思えば、表に積もった雪をどんぶりにすくってくる。冷暗所に置いといた清酒をもうひと冷やしするにあたり、冷蔵庫なんて野暮な道具は使いたくなかったんだとのたまう。まったくもって乙なことをしやがる。感心して思わず膝を打った。

母から受け継ぐ秘伝のレシピ

触っただけで、このカレイが新鮮なことがわかったそうだ。つれあいの煮付けは熊本のお義母さんから伝授された秘伝のレシピ。日本酒、醤油、熊本の赤酒を1:1:1の割にして、水も入れずそれだけで煮汁を作り、そこに生姜を加えて煮付ける。これは熊本の赤酒じゃないといけないそうで、こんなこともあろうかと昨年10月初頭の引っ越し荷物の中に、この熊本の赤酒はしっかり忍ばせていたそうだ。得意気である。今回は信州産の厚揚げを加えてみたが、厚揚げにふりかける七味唐辛子はもちろん信州名物 八幡屋礒五郎の七味。このくっきり切り立った味が、やや甘めで日本酒らしい余韻がある大雪渓の原酒と併走する。途中、原酒を飲みきってしまって純米大吟醸に継投するわけだが、そしたらそれはそれで、大吟醸のスカッとした清涼感がますます料理の味を引き立てる。つれあいに命じられて、新たなどんぶりの雪をすくいに外に出たとき、静かな夜に静かな雪が降り始めていた。

カーティス・メイフィールドと中島みゆき

「カーティス・メイフィールド」をBGMにして始まった晩酌は、ちょっとだけ臭いのがたまらない富山のハタハタ干物で幕を閉じた。そのそこはかとない臭さは、いちいち純米大吟醸ですっきりリセットされて、何度も新鮮に反芻された。その時にレコードプレイヤーにかかっていたのは「ヤスの兄貴の形見分け」中島みゆきのレコードだ。美味しくて呑み過ぎてしまうから、実は日本酒を家で飲むことはあまりしないのだが、これはクセになる。ハピア A-COOP白馬店を訪れるとき、今後もまずは鮮魚売り場に足を運ぶだろう。ああ、もうすぐ隠居の身。まったく乙なことをしやがる。

参照:「山の酒 大雪渓」https://www.jizake.co.jp/

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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